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五感の外のフィールドワーク
by lotus_ark
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<   2007年 09月 ( 15 )   > この月の画像一覧

9月最後の日曜日に



偶然、昨夜入手した本、を今日読んでました。

鈴木志保著 「船を建てる」 秋田書店。

そのなかに、9月最後の日曜日に読むべき本を探しているくだりがあって、
そういう話を、9月最後の日曜日に読んでいるのも面白く。

漫画で、パックされていて、中身もわからずにふらっと買ってしまったの
ですけれど、これがなかなか・・・。この著者の人、ナニモノ!?


秋の夜長に。


・・・

ここから先は、整理されてナくて、自分へのメモみたいなもので、ゴメンナサイ・・。
お好みで、お付き合い下さいませ。



もひとつ読んでいるのは、ゲイリー・R・レナード著 「神の使者」 河出書房新社

奇跡のコースについて語られている本。

まだ途中なのですけれど、これも濃くて。


世界観について興味深いのが、絶対無限の存在についての位置づけです。

五感の内(物質的な認識世界)・五感の外(より繊細な認識世界)からさらに、
五感の外の外!がある、という考え方に、唸りました。

リサ・ランドールの宇宙論に似てるかも。


絶対無限の存在およびその愛はそこに属するもので、コレは、不変、不滅。

五感の外(一部か全部かはわからないけれど)を含めて、人が認知しうる世界は、
その内部での認識活動により生み出されていて、絶対無限の存在の創造による
ものではない。

内部の存在たちによる意識が創造した映像のようなものであると。

内部の存在たちとしての魂は、ゆえに映像のなかには実在していなくて、
本当は、映像の外に居る。

だから、映像は、それを創造し維持している意思を変えれば、変化させられる。



→この考え方だと、透視とか、物理的なルールを無視するような体験も成り立ち
得る・・のかな。そう考えると、体験的にチョットわかる気も。

と同時に、
「見る」ことに捕らわれることが、またオタク的な迷宮への門口になっていたり、って
こともありえて。

五感の外の現象も、映像内部に限定された永続的でない現象なのか、
五感の外の外に連なる現象なのかを峻別する必要があって。
・・イエ、分けなくたって、映像の中だけが全てでも十分楽しめるのですけれども。
五感の外を知ったからって、映像の外に出たわけではない。


それを悟った人は、たぶん映像の外に居る存在=観客(不変の場所=愛)に
意識の軸をジャンプさせて、映像内部での制約と感じられるものから自由な立場で、
しかし映像の世界にやさしく寄り添いながら、生きているのかもしれない・・・。


ちょうど、映画館の隠喩も「船を建てる」に出てくるの。
いやいやぁ~、おぢさん、びっくりしちゃったよう。>って誰。



と同時に、五感の外で感知されることどもや、

その断絶された世界の内側から、本来は不可知である絶対の世界と一体化
するための道筋そのものとして示されたのが、五感の外の外の世界と一体化
している=そのものである、ジョシュアである、と述べられていて。

なんていうか・・、個人の意思で開くことができるワームホール(次元を超える通路)
みたいなものなのかしら。

その開き方にはいろいろなアプローチがあるけれども、この本が主張しているのは、
ジョシュアにガイドしてもらうのが一番近道、ってコトのよう。


ケド読んでてまだ謎なのは、愛について。

人の認識する愛と、五感の外の外に存在する愛とは、どうも質的異なるような
コトが書いてアル・・・。うーん。人の愛だって、無制限の愛はあると思うけれど、
それと違うのかな???


・・・秋の夜長の虫の音が鳴り止む頃までに、読みきれるかしら。
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by lotus_ark | 2007-09-30 21:07 | 日常

夢でだけ知っている場所




最近見た夢デス・・。

玄関で着物姿で髪を結った遊女さんみたいな女の人が立っている
のを見て驚いてる夢をみました。夢で幽霊ってなんかヤヤコシイデス・・・。

そういえば、このあたりには戦時中陸軍の用地があって、その近辺には
お茶屋さんがあったというのを聞いたことがあったのを、あとで思い出し
ました。


ヤヤコシイといえば、以前山林が住宅地として造成される、用地として
決まったという夢を見て、その夢のなかで、トラックや資材が積んである
場所や、こんな急斜面を削っちゃうの?という場所を眺めていたのです
けれど・・・。

今思うと、その夢の場所は、それ以前には自転車でたびたびススキとか
が茂るでこぼこの道を走る夢を見ていた、その景色のなかにあった山林で。

そしてつい最近見た夢では、また同じ場所が出てきて、以前の光景その
ままの場所が、すっかり造成されていました。
それを上空10~20mくらいの位置の視界から、あちこち眺めていました。

でもぜんぜん、知らない場所デス・・・。

夢の中でしか知らない場所といえば、

あと、高速道路のインターチェンジの下に大きな駐車場とショッピングモール
がある場所にも何度か行きました。

インターチェンジから分かれて側道を入っていく通路や、そこを進むと左手に
ガソリンスタンドがある様子や、奥に大型スーパーがあって、そこの中の棚の
並びやワゴンに積まれた野菜を見たり。

大型店舗の向かいにカフェテリアの独立棟があって、そこは天井が高くて
入り口は教会風で、ドアの上に縦長のステンドグラスみたいなガラス張りの
窓があって。切妻屋根で。

パスタや甘~いペストリーを売っているコーナーとかもうカウンターのショー
ケースのなかのパンやテラス風のテーブルの配置、スチールの白いテーブル
足の塗装が剥がれて地金が出ている様子まで、リアルなんデス・・。

高速は片側5レーンくらいあったから、たぶん外国。



・・で、目が覚めると疲れてるの。

ちゃんと寝ようよ、自分。
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by lotus_ark | 2007-09-29 00:06 |

業務連絡



ことしもグリーンベイのファーヴ、いい感じですね~。

ってさっき初めて今シーズンの試合の一部を垣間見ました。
ドロップバックしたとろでRBにトス。ディフェンスに見事に穴があき、
中央突破。わぁおぅ。(@@)

・・・最近は、勝敗よりも、プレイのひらめきに驚くのが好き
になってるみたい。

さて、御託並べてすみません。

複数の仕事の流れが一時的に集中しておりまして、
メールのお返事が遅れておりマス。お待ち頂いている方、ごめんなさい。

お返事がその方にとってよいタイミングで届きますように。
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by lotus_ark | 2007-09-28 13:37 | 日常

肩の力をぬいて、目をさましていられるといいナ



ようやく涼しくなりましたね~。

今日は、廊下で一瞬、細面の女性の横顔がすっと通り過ぎました。
いつもは見えても白くてふわっとしてやさしそうな存在だったりするので、
久々に、チョットコワカッタデス・・(T▽T)

お肉、頂きすぎたかナ・・・。




最近読んだ本からデス。



「必要なのは、起こっている出来事や状況に対して、自分がどういう
反応をしているのか、その点に責任を持つということです。」

p324 「ミッチェル メイ モデル」 VOICE社



たぶん、出来事と自分との関わりから学ぶときに、そこでも過去の自分
を見るのではなくて、「今」がだいじで。



起きていることに対する自分の反応を、自分は選択することができる。
そして、選択することで、創造的に関わっていける。

そこにこそ、自由と創造性と、創造した結果に対する責任がある


・・・てことなのかしら。
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by lotus_ark | 2007-09-24 14:47 | 日常

伝言




・・・いささか腰が抜けたんですケド、「先生」。


「エレメンタルの力が支配的であるとき、エーテル・ダブルは、エレメンタル
とエネルギーを共有する関係にある。その支配から脱したとき、エレメン
タルはエーテル・ダブルから離れる。」

「そのとき、エレメンタルの『意思』と強く自己同一化している場合、エレメン
タルの離脱は、自己のなかの喪失感として感じられ、見かけ上エネルギー
を失った状態(身体から力がぬけた状態)に感じられるだろうな。」


「置き換えたよいエレメンタルを育てるのにも、エネルギーが必要だ。」
「今は、エーテル・バイタリティ(エネルギーのこと)を蓄えるように。」


とのことデス。

おひさまの光を浴びたり、愛情のこもったごはんをよく味わって頂いたり、
植物に触れたり、よく眠ったりして下さいね。

いましていることを、楽しんで。
触れるもののなかに宿っている光を、ゆっくりと感じてみてね。
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by lotus_ark | 2007-09-21 13:45 |

ミニワークショップへのご参加、ありがとうございました



次回は、10月26日(金)に個人セッションを開催いたします。

10月19日(金)朝8:00より受付を開始いたします。
11:00~12:30、 14:00~15:30 の2名様となります。


ご希望の方は、

・お名前
・ご連絡先メアド
・携帯番号
・おおよその(市区町村までの)ご住所

をお書きの上、furt705@@luck.ocn.ne.jp (@をひとつお取り下さい)
までメールにてお申し込み下さい。


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遠隔ヒーリングのご体験をVesta Angels Home さんがブログに掲載なさっています。
温かなコメントをありがとうございました。m(u_u)m

vestaさんの遠隔ヒーリングは・・って今はナイショ。
サロンを設けていらっしゃるので、体験なさりたい方は、直接問い合わせ
してみてね。

現在、ヒーリングクラス7期生のみなさまと、交換遠隔ヒーリングを
させて頂いております。

そのときの様子は、11月頃にブログでご紹介させて頂きますので、お楽しみに♪


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先日のミニワークショップ「エレメンタル よい想いをかたちにしよう」
にご参加いただきましたみなさま、ありがとうございました。


ご一緒にワークをさせていただいて、初めての方も、みな、ご自身の
エレメンタルの「声」を聴いて頂けたことが、驚きとともに、嬉しかったです♪

今回はスピリチュアル・ヒーリングのひとつのプロセスを、ご自身で
辿って頂いたのですが、いかがでしたでしょうか。

わたしは、おひとりおひとりのワークに向き合わせて頂いて、
自分で自らをプロセスしていくことが持つ大きな力を目の当たりに
させて頂き、深く感じるものがありました。

ありがとうございます。


今回見出されたものは、ご自身のなかの深い願いをすくい取ったもの
ですので、どうか大切にしてあげて下さいね。

エネルギー的にも変化がおきていますので、ここ2,3日は、心静かに、
睡眠時間もたっぷり確保してお過ごし下さいね。


エレメンタルについて、今回のワークショップを復習したい方がもし
いらしたら、この本がお勧めデス。



「キリストのたとえ話」   ダスカロス著 根本泰行訳  THEA発行


エレメンタルについて、「汚れた霊」p40~と、「助けを必要としている友人」
p166~ に詳しく書かれています。

キリスト教のイメージが強いのですけれど、そこが苦手なひとは、イメージは
スルーして、五感の外の世界の仕組みとして読み取って頂いてもいいかも。
実際、ヒント満載です。


とてもよい本ですので、エレメンタルって何?と思われた方にも、お勧めデス。
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by lotus_ark | 2007-09-19 09:51 | プロデュース イベント

秋ですね




和菓子の世界は、もうすっかり秋ですね~。

お茶淹れる時間は、静かにしていよう。

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by lotus_ark | 2007-09-16 08:38 | 日常

よいカルマもある




その後、ハリーさんにお伺いしてみました。



去年、初めてお伺いした者ですが。


「覚えているよ。」

おおー、記憶に残るプレイヤーになってる・・・。(新庄かい)



カルマって、エレメンタルではないのでしょうか?



「カルマとは、鞭。
エレメンタルではありません。

そのシステムは、人が創造したものではありません。

波のようなもの・・・・。
わるい方に振れた波を、元の静かな状態に戻していくのです。」



波ならば、何もしなくてもやがては元に戻っていくのですか?


「それにはとても時間がかかります・・・・。

それよりも、自らの意思でカルマに働きかけることによって、
ずっと早く解消できるのです。」

「それに、よいカルマもあるのですょ。」


ハリーさん、ちょっとにっこり。



鞭、は、鞭打つ方の鞭。

最初、無知のことかと思って聞きなおしたのですが、鞭だそうです。
短いことばのやりとりのなかでしたが、
学習を促す力・・・・という意味合いに感じられました。


うーん。波だとすると、わるいカルマの波を意識して、内省によって
その力を鎮めることで、荒れた海面も湖面のように静まっていく・・のかな。

それに、よいカルマもある。
こちらは湖面を揺らす繊細なさざなみ、という感じなのでしょうか。
心地よさそう。


音にも置き換えられそうですね。
体がヴァイオリンみたいな楽器だとして。

よい音を奏でましょう・・ってコトかしら。

それまで響いていた調和のない音を鎮めて、弦を張って、意識して、
自分の出す音の響きを感じよう。
ボディに余計なモノ(エゴイズム)がくっついていたら音が濁るから、
素のままで居て、本来の音色を楽しもう・・・って。

よいカルマっていうのが、人が本来、奏でたがっている音楽なの
かもしれませんね。



ダスカロスさんの探究は、人が絶対無限の存在を思い出すその道程
をともに歩くためにあって。

そこで語られることは、だから探究者にとって意味を持つ視点・・・が
貫かれているのだなあと感じました。




さて、カルマってあるんでしょうか。ないんでしょうか・・・・・。


さくっと結論づけてしまうよりも、探究の種として持っておくことで、
繊細な感覚を意識のなかに張っておけそうな感じがしマシタ。


だから、答えは、お預け。





---


・・にしても、年1回、3分間だけの問答は緊張感ありますね~。
引く感じ、添う感じなんて、自分に言い聞かせても、つい気持ちが
前に出てしまい、ナサケナイぞ自分!

一言で静かに質問の意図・背景まで受け止めて頂き、
まるで、ことばで組み手をさせて頂いてるようでした。

深く感謝します。
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by lotus_ark | 2007-09-14 10:49 | 日常

ACIMとダスカロスの世界



昨日は電車のなかでぱったりと羽根さんに遭遇♪
朝からラッキー&楽しい1日となりました。



今日はマニアックなお話でごめんなさい。
心のメモです。


いま、ダスカロスさんのサークルでお勉強中なのデス。
その夜、botanical-healingさんと、カルマってホントにあるのかな?

というお話になりました。
幻影じゃないのかなーと、botanical-healingさん。


わたしもカルマって考え方は、どうもしっくりきていなかったんデス・・。


絶対無限の存在のなかに、キリスト意識=愛という本質があるということ
を考えると、すべては愛に裏打ちされた出来事で。
ここのところは、五感の外での体験からしても、否定のしようがナイくらい
リアルなのです。


そして、ダスカロスの世界観からみると、絶対無限の存在が自己認識を
望んだ・・・その意思のもとに二元性の世界があるとしたら、すべてはその
意思のために必要だから生まれた、ということ。

だから、そこにも、あるのは必要性だけで。
根源的な悪はナイのではないかしら。


一元性が本来の姿なのに、二元性が創造された。
それは、絶対無限そのものの性質ではなくて、その創造したひとつの
世界の性質で。

本来の一元性を離れた二元性ゆえに生まれるバランスの悪さ・・・・
というのがあって、それがもしかすると、カルマ?

二元性を海と空に例えると、海と空の間にある波立ちをカルマと呼んでいる
のではないかしら・・・と。


波立ちのなかの一滴の雫、人としての自己意識という視点に立ったときに、
その本質である神性からみれば、その波立ちは、とてもバランスがわるくて、
肉体を越えた澄み切った視界を得られない。

その自己認識のしにくさが、人からみたカルマという現象で。


人という視界を越えたらどうだろう・・・。

波ではなく海が人の本質であるなら、どんな波が立ったって、それは現象
でしかない。海そのものは、深く静かだ・・・・。


と考えていて、頭のなかで何か、カチリと音がするように、
「声」が聴こえました。


「カルマは実在しない。」


おお、ここで、ACIMとぴったり一致するじゃない!(@_@)


ACIMも自分のなかでは皮膚感覚として、つかみにくい感じがしていた
のですが、

初めて、しっくりきました。




ACIMもダスカロスも、素敵なところは、オープンなところで。


それ以外の考え方に対して開かれていること。


ひとりひとりが自分のなかの真実として探究していけるところだと想い
マス。
そして、わたしにとっては、その双方が、五感の外の世界の理解を
深めていってくれる。

突きあわせてみると、矛盾なくつながりあう感覚が生まれてくることに、
すこし、驚きと楽しみを感じはじめています。
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by lotus_ark | 2007-09-13 08:10 | 日常

スプラッタな過去生




すこし前に見た夢です。
自分のなかのどこかに、技術に対する罪悪感みたいなものがあったの
ですが、それを映し出したような夢。


アトランティスよりももっと昔なのに、どこか未来的な場所。
大きな都市の中枢にある施設が目の前に見えています。

地面を掘り下げたような低い位置の大回廊の周囲には、直径1mもあり
そうな、大理石のような、乳白色の大きな柱が立ち並んでいます。
中央は太く、柱の下部は、赤く塗られていて、なんだか異様な施設です。

回廊の中央は登り階段になっていて、窪んだ大回廊の四方には、乳白色
の重厚な構造の建築物が、囲うように建っています。
そこは丘になっていて、丘からは、低く周囲の市街地が見下ろせます。

私は左側の回廊上の建物で働いていました。

天井高は10mくらい。縦長の部屋で、回廊に面した内側は、壁がなく、
そのまま通路になっています。部屋の通路と反対側は、やや内側に斜めに
なっていて、一面、ガラスのようなものが張られています。
それは二重構造になっていて、ガラスの間は微細な隙間になっていて。

そこに液体が巡らされています。

液体は、ガラスの背後から透過される特殊な光によって、時々刻々と色を
変えていきます。
ガラスは2m四方程度に区画分けされていて、それで、何か・・・・・
地球上のエネルギー的な歪み・・・・?を観測しているようです。

その、液体を供給しているのは、部屋の中央に置かれた台上にある
ガラスの箱。
保育器をすこし大きくしたようなサイズです。

その中にあるのは、人の半身でした。頭はありません。
足もありません。首と胴の下が保育器の両端につながれています。

生体を地球のセンサーとみなし、体液から得られる情報を、光科学的に
分析して、環境の何か・・を分析していたようです。

部屋には人影がほとんどなく、観測を担当している私がただぽつんと立っ
ています。

なんともいえない、深い罪悪感・・・・。


技術が人の心を越えて発達すると、こんなふうに暴走してしまうのかな。

後味の悪い、目覚め前の夢でした。


・・・人の心が機械的になっても同じ・・ということかな。
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by lotus_ark | 2007-09-11 07:00 |