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五感の外のフィールドワーク
by lotus_ark
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<   2007年 01月 ( 12 )   > この月の画像一覧

ガス欠?




これも記録のうちなので、書いておきましょう。


ここのところ、「声」が聴こえません・・・・。
夢も普通ですし。
「見る」方は機会がないので、どうなっているか不明です。

青い光は時々現れて。
プラナやオーラっぽいものは見えるけど、それだけです。


淡々と愉しい毎日ではありますが、何か宙ぶらりんな感じデス。


・・・


最近、ある方にお借りして、読んでいる本ご紹介しますね。

山村幸夫「神からのギフト」


お貸し頂いた方の御心にうたれました。
そして、このような感覚の扱い方についても、わたしはぞんざい
だったかなあ・・と感じました。

本当はこのブログについてもその方にお伝えすべきかと思うの
ですが、すこし悩んでいます。



この本はまだ読んでいる途中で、まだどう捉えてていいのか
わからないのですが。


「声」から感覚の獲得までの過程、ヒーリングの方法については
リアリティを感じます。

ただ、本に書かれているエネルギーの通路になる・・という感覚が、
まだ私にはよくわからなくて。

それと、天使ご自身がヒーリングされているのを「見る」状況が多
かったので、そのようなときに、自分がどのようにヒーリングに関
わっているのか、これもよくわかりません・・・。

遠隔ヒーリングのとき、「見た」ときにエネルギーの柱があって、
それから光をヒーリーに注ぐ感じは近いのかなあ・・と感じます。
レントゲン様に「見える」のも、理解できます。


そしてヒーリングの方法が彼の表現のみで表されるかというと、
そうでもなくて。
やはりダスカロスさんの記述に、より詳しい表現が読み取れる感じ
がしています。


ヒーラーとしての在り方、についてはお読みになる方によって、
いろいろな感じ方はあるかなあ・・と思います。
ざっくばらんでとても正直な書き方をされているなあ・・という印象
を今のところ感じています。


「自分はどう感じている/どうしたいのだろう」と思わず問いかけて
しまいました。
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by lotus_ark | 2007-01-29 11:59 | 日常

弓で禅?





ことしは、弓道やってみたいなあ・・と思っていたのです。
オイゲン・ヘリゲルの「弓と禅」、あの本を読んで。

レイキアチューンメントの最初のとき、いきなりフットボールのお話
をしていたのですが、なんだか語っていることとつながる感じがす
ると、この本をコオさんから教えていただいたのでした。

読んでみて、フットボールしてるときにフィールドに魔法がかかる
感じとなんだか似てるかも・・と思いました。
2回くらいしかなかったですけれど、「わかる」という感じ。

弓道は、射るだけの動作なので、より「わかる」に近いところにある
スポーツなのかも・・と。
それと、どうも座ってする瞑想というのが身につかなくて。

動きながら入っていく方がいいかしら・・と考えたのもあります。


仕事場のわりと近くに射場があることを弓道をなさっているブログ
の方に教えて頂いて(本当にありがとうございます!)

行ってみました。




入門者は、弓なしで射終わるまでの一連の動作を、身体でなぞっ
ていきます。

発見!わたし、まっすぐ立ってないゃ。
みぞおちのあたりをへこましたりして、まっすぐ調整。

そして。

すり足で、ゆっくりと、足を開き、腕をさし出し弓をとる動作、相対
する手で矢を番える動作。そこでもう、手と的との間につながりが
生まれ、そしてすうっと弓を掲げ、射る動作に入ります。

弓をとる腕をまっすぐに伸ばし、肘から弾けるようにして、矢が放
たれます。

これが「はなれ」


うゎおぅ。本に書いてあったあれね♪
と思いましたが、思いっきり肩甲骨まで弾けさせて、ぐきっ!
ときました。
イタタ・・柔軟性もかなり必要かも。

そして「はなれ」の瞬間、身体はまっすぐに立ち、腕は、横一文字。
何も抱えるものがない感じ・・・・・

ちょっと違うかもしれないけれど、映画「タイタニック」の舳先のシー
ンのアレみたいな(^-^)


・・・


帰宅してから、筋肉痛がきました。
こぉんなに、動かないスポーツもあるのか(@@)と思いましたが。
ちゃぁんと、身体使ってるんですね。

そして、驚いたことに、おへそのあたりから下に向けて、すうっと
沈み込むように流れるエネルギーの感じ。

今までまったくできていなかったグラウンディングが、
なぜか自然に出来ていたのでした。



いいかも、弓道♪
袴デビューできるまで、とにかくやってみよっと☆
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by lotus_ark | 2007-01-27 10:26 | 日常

内側からノック




今朝は、目覚め前、現在仕事ではそういうコトをしていないの
に、なぜか実験をセッティングしている「思考」をしていて、被験
者数は15人でよいなあ・・と考えていたら、「いや、少ないね。」
と突っ込む「声」がありました。


男声で聞いたこともない声。なにか、セロファンを通して震わせて
出しているような、不自然な音声でした。

そのあと、左脇腹を、からだの内側から指でトントントン・・とノック
されるはっきりとした感触があって、それで目が覚めました。
内側から・・っていうのがヘンだけど、でも叩かれる感じは確かに
内から外でした。

早出の日だったので、起こしてもらったみたい。


前回の、スケール・フリーのお話は年明け早々の出来事で。
そのあと、五感外の感覚は、さっぱりなかったのでした。
今朝のは久々な感じがします。


こういう感覚には、波があるみたい・・・。

必要以上に感じようとするのもよくなさそうな気がするので、
自然の摂理?に従って、こちらのブログへの不思議現象の
アップも、すこしゆっくりになるかもしれません。


ではでは、今日もよい1日を。
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by lotus_ark | 2007-01-25 11:19 |

スケール・フリー




まだこれが本当のことか、よくわかりません。
体験を、また感じたままに書かせて頂きます。
五感の外を視点に置かない見方では、幻想と読み取ること
もできるかもしれません。

ただ、私とおばさまの間では、意味のある体験でした。

彼女はとても懸命に、人を助けることに生きられた方でした。
立派なお仕事もされてこられた方でしたが。
お別れの時に想い出されるのは、いっとき、いっときの愛ある、
楽しい場面でした。

そして。

「見え」ようが見えまいが、旅立ちのとき、確かに温かく迎え
られる・・・。
おばさまには、最後の時まで学ばせて頂いたと思います・・・。


旅立ちとの出逢いに抵抗を感じられる方もいらっしゃるかと
思います。その方は、ここでそっと閉じて下さいね。



・・・


教会にて。
とてもお世話になったおばさまが、旅立たれました。
そのお別れの会にて。

私もかつて慣れ親しんだ教会。おばさまもこちらの教会員で、
懐かしい場所でした。



静かに会が始まりました。

しばらく、お話を聞きながらぼんやりと会堂の中央を眺めてい
ました。
すると、棺にかけられた黒い布の上に、うっすら上半身の白い
エネルギー状の姿が映りました。
光の反射かと思い、もういちど目をこらしたら、白いもやは消え
ていました。


「○ちゃん、牧師になればいいのに。」
突拍子もなく、「声」が聴こえました。

あ、おばさまだ。


なにか自由の身になったのを楽しむかのように、あたりにふんわり
と浮かんで動いていらっしゃいます。

驚きました。
そして、生前のやりとりそのままに、私は「けどでも微妙にやりたい
ことが違いますし・・・」などと思わずもごもごと言い訳していました・・・。

そんな私の反応にはお構いなしに。


「せいせいしたわよう」

長く伏されていらしたので、おつかれでしょう。



これから旅立ちなのですから。
この場によいエネルギーがたくさん流れますように・・・。

自分をからっぽにするようにしながら、あたりを「見」ました。



すると、たくさんの幼児形の天使たちが、水の流れのように
渦を巻いて、おばさまの周りを飛び始めました。

渦のまんなかで、おばさまはブラウスとスラックスといういつ
もの服装を解かれ、二人ほどの幼児形天使に白いローブを
頭からすっぽりとかぶせられました。

右回りに飛ぶ天使たちの流れの一部が分離して、内側に逆
向きの小さな渦をつくりはじめました。

すると、その天使群の支える空間になにか箱のような荷物の
ような「抱えてきた余計なもの」が集まり、天使たちはその手
を離して、視界の中心に、荷物の山を積み上げました。


おばさまは、その山に足をとられて、その軽快な空間から足
を滑らせて落ちそうになりました。



・・と、目の前に、大きすぎて上半身しか見えないキリストが
現れ、手のひらほどの高さしかないおばさまを、ふわりと懐に
受け止められました。

・・教会とはいえ。この方をこのような形で「見る」のは初めて・・・。


おばさまは、キリストの懐につっぷしていました。感情が甦っ
てきたのか、白いローブから着ていらした赤いブラウスに服装
を戻しながら、背中を震わして泣いていらっしゃいます・・。

きっと、求めていた方に出逢えて、うれしかったのでしょう。


そのまま、巨大なキリストはおばさまをつれて遠く上昇し、視界
から消えていきました・・・。

・・

牧師さんのお話はつづいていました。
それをぼんやりと聴いていると。

こんどは、会堂の中空に、6mほどの背丈でキリストが立たれて
いらっしゃるのが「見え」ました。

白いローブを着て、栗色のゆるい巻き毛。集まった人々を見下ろ
すように伏し目かげんでたたずんでいらっしゃいます。

その右手、会堂の端には、やはり中空に、ガブリエル。


残された人々の心に癒しの力を注ぐために、戻っていらした
ようです。
手をやや広げ、エネルギーを注いでいらっしゃいます。


ほう~、と見上げていますと。

「貴方もおやりなさい。」
と言われました。


わたしは、第3アチューンメントの存在を下ろし、自分と重なり
ました。
存在は、私の座っている場所から伸び上がり、同じようにエネ
ルギーを注ぎ始めました。

エネルギーは、会堂に注がれます。
その場所だけでなく、広く、広く、エネルギーを注ぎたくなり、
教会の上空に大きく伸び上がりました。

会堂はどんどん小さくなり、光る点となり。
やがて、第3アチューンメントの存在のなかで光っていました。


ああ、これは、体のなかに取り込むヒーリングなのだなあ・・。

と思い、ふと見やると、キリストが左上にいらっしゃいます。
もっともっと伸び上がり、宇宙までいってみました。
けれど、目を向けるとやはり同じ大きさで左上にいらっしゃいます・・・・。



かみさまってスケール・フリーなんだ。


第3アチューンメントの存在が聴いたらガックリしそうですが。
素朴に驚いていました。


驚きながら、意識は元に戻りました。


・・

私の逢ったおばさまは、生前そのままのお元気さと気さくさ
でした。

彼女の愛するキリストに迎えられて、旅立たれたこと。
やはり別れは寂しいので、すこし泣いてしまいましたが。

素敵な旅立ちを見せて下さって、最後まで学ばせていただき
ました。



おばさま、いままでありがとうございました。
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by lotus_ark | 2007-01-23 00:01 | 見えること

石の声を聴く人(日曜日のひとりごと改題)




帰ってきました。

ひとりの作庭家に絞って庭を見まくりました。
空間的には面白かったけれど、スーパーナチュラルなコトは
なあんにもなかったなあ・・ってあたりまえデスか。

で。絵や庭園って、鏡みたいなものかもしれないと感じました。
作者が意図したことを感じるために見るわけではなくって、そ
れを見る「見方」に、自分が映ってる。

庭が、「こうでしょ?」と語りかけてくるときに、ふうむ。と思う自分
がいる。それが結構、面白かったです。


五感外では、しいていえば通りがかった本能寺の大銀杏がコワ
かったデス。
木が、何か緊張した気配を帯びてました。


冬の京都は空いててお寺見学にはよいシーズンのようです。



・・・・

追記。
ほとんど自分へのメモみたいスミマセン・・。

見てきた庭の作庭家は重森三玲さん。
なぜだかちょっと気になっていて、このブログでもご紹介して
いたのですが。

その後検索して、以下の記述を発見。
うーん、ちょっと納得。
お庭拝見してるときに、お座敷で家鳴りとかしたし。

『実際、変な言い方をすれば少々「怖がり」で、それは「鋭敏」と言
うべきなのだろうが、とかく神秘的なものへの畏敬の念は強かった。
実生活では無用の長物のような能力(一種のテレパシー)を備え
もち、素材の声を聞き取り、場の力を創作に還元できる作家であった。』

以上、

重森三明著 重森三玲をもっと知るより引用。

きっと三玲さんは、石の声を聴いて石を立てていらしたのかもしれませんね・・。

ただ、違和感があったのは、見ても「入れ」なかったコト。
小さい頃遊んだ田舎の庭ですら、浮遊感?あちらに繋がる感じが
したのだけれど。

・・なにか違う感じがして。特に晩年のお庭は。

なぜだったのかしら???
庭に求めるものが庭本来の目的と違っていたのかなあ・・などと、
首をかしげながら帰ってきたのでした。
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by lotus_ark | 2007-01-21 10:09 | 日常

アメフットに例えれば




こんばんは。明日から
ちょっと京都に庭見に行ってきます♪
なんだか不思議なお庭があるらしいですょ。



ということで(どゆこと?)、今回は、過去生の自分のなかでの
位置づけについて考えてみたのデス。

思いっきり、思いつきで・・。
明日になったら考え変わってるかもしれませんケド。

今は往年の49ersの名ヘッドコーチ、ビル・ウォルシュが憑依
してまーす♪(ウソ)


・・・


わたし思うに、アメフットでいうと、すべての人が自分の人生の
ヘッドコーチなのだと思うのデス。

そして過去生は、自分というチームの選手。
今世の自分はヘッドコーチ兼QBで。周囲の過去生選手たちと
協力して、フィールドで一つのチームとして人生をプレイしています。

対戦相手は、その選手たちの影です。過去生のキャラは、それぞれ
よい面とネガティブな面を持っていて、影と光、2つのチームとして
向かい合っています。選手もひとりひとり対になって、お互いマッチ
アップする相手として向かいあっています。

この、相手である影チームは過去生の影=ネガティブな思考や感情
で構成されていて。
影がつよければ、光チームの選手はボールを影に奪われてしまいマス。


そうすると、影チームのネガティブなヘッドコーチ(影である自分)
が人生を指揮してしまいマス。
ネガティブなヘッドコーチは、過去生選手が持ち越してきた、欲望にもと
づく爆発的なエネルギーを扱い、ラフプレイをさせて選手をぼろぼろに
してしまいマス。

ああ、去年までの私デス・・。


でも、光のチームが完全に影をマークできれば、相手は消えて
しまいます。
対抗せずに相手の動きにぴったり沿い、戦うのをやめる感じで。


そうやって、影チームの戦力を減らしていくと、自チームの戦力
が増えて、プレイは目指すところにどんどん進めます。

それが、シンクロニシティがばんばん起きて、自分もまわりの人た
ちも幸せになっていく状態で・・

相手チームの選手=影の人数が0になったとき、「学び」が終わる
のかも・・・
と思ったりするのデス。


ほかのチームのヘッドコーチがどんなにすぐれていても。
自分というチームはわたしというヘッドコーチが指揮するしかなくて。

また、対戦相手は自分の影だから、他チームのヘッドコーチの戦術
をコピーしてもうまくは戦えなくて。
進むには影を見つめるしかありません。。

そしてうまくプレイを進めるには、光のチームの選手たちのいいとこ
ろを取り込んで、連携させていけばいいのではないかしら・・と。


なんてね。
もしかしたら、人生とアメフットはすこし似てるかも。


過去生を思い出すのって、自分の試合に光と影の選手を呼び出すことで。

今世というフィールドの外には、まだまだたくさんの控え選手がいたりして(爆)
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by lotus_ark | 2007-01-19 00:07 | 日常

精油占い?




家には結構精油がありマス。去年ネットでまとめ買いしたものを
木箱に入れておいて、お風呂に入るたびえいやっと箱からつまみ
上げた小瓶のものを、入浴剤代わりに使います。

で、ここのところやたらユーカリがつまみあげられて、わたしは
コアラかいな?と思っていたのですが。


先日なにげなく「スピリットとアロマテラピー(フレグランスジャーナ
ル社)」
という本をめくっていたら、

ユーカリの示すところは

「楽観主義・開放性・自由」

あー、誰かさんみたい。


読み進むと、(以下引用)

「今より自由で、豊かな人生経験を重ねる可能性があると感じてい
ても、用心深かったり、日頃の習慣や恐れ、責任感が夢を実現させ
る方向に進ませません。
ユーカリ油はこのような状況を生じる否定的観念を追い払い(中略)
息苦しさから解放へと、感覚を変容させる力があります。」



ドキっ。

そのまんま今の状況かも。


精油占い?あなどりがたし、デス。
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by lotus_ark | 2007-01-17 10:19 | 日常

紫色のおばあさん





初詣のときですが、とある氏神様の鳥居を潜ったとき、
ずしん、と重くなる感じがしました。

うーん。いままでの神社は逆に軽くなってたけれど。
どうして???

と思いつつ、参詣のお客さんを眺めながら、ふと「空間」に
入りましたら。
一人の男性の参詣客の肩に、紫色のエネルギーの体の
おばあさんが、ちょこんと正座していました。

親族にくっついておまいりにいらしたのですね。

その小さな神社、なんだか絡みつくようなエネルギーがあっ
て、早々に退散しました。
和やかでよい神社なのですが、人の願望の力が強いのかな。

あとで、鶴岡八幡宮におまいりしたときには、大量の参詣客に
も関わらず、鳥居を入ると軽快な感じがしました。

神社にも、人の願望のエネルギーを受け入れるキャパシティ
みたいなものがひょっとしてあるのでしょうか???


氏神さまのところはオーバーフローしていたのかな??
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by lotus_ark | 2007-01-15 10:38 | 見えること

封印を解く



自由きままにブログ書いてましたが。
読者さんという存在に気づき、ただ感じ始め、ほんのちょっぴり
学び始めているだけですのに、わかったようなコト書いていいのか?
と心の声が申しマス・・。m(u_u)m

夢とか体験談は体験談として・・。
意見を書いてる場合は、このブログお読みの方の方がご経験も深く、
慧眼をお持ちですので。

なのでコメント欄がむしろ要チェキですよう♪


・・・

夢を見ました。

深夜の夢です。最初は何か、儀式のシーン・・。
3つくらいあるうちのひとつしか覚えていませんが、続きものでした。

白く発光する池の水面のような場所があります。
その水面?に沈みました。

5人の神官(女性?)が次々に入り、私は左から2番目、あとの3人
は池の奥に並ぶようにして入りました。


そこに上の空間から光線が下り、最初に左の神官の方に向かう
かに見えて、鍵状に曲がって光が動き、私に当たりました。

その次に奥の3人。左の神官は最後。

これにより私が最初の神官とみなされました。

日本かどこかわからない・・・。


これは何・・・・?
あとで眠りながら問うと。
守護者のひとりの声で、「封印を解く」と聞こえました。


次に見た夢です。

私は木造の建物の外で凍えています・・。
集団から仲間はずれにされ、忌むべき存在として、無視され、
外に締め出されているようです。


窓の、上下に折れる木の折戸が下げて、閉められました。
隙間から、料理をしている夫婦と6歳くらいの息子が見えます。

また、手前には折戸を下げた誰かもいるようです。


わたしは憎しみがこみ上げ、わたしの存在などいないかのごとく
料理に集中している夫婦、隙間から見える人に、その料理の場に、
怒りの念をぶつけました。

念は、空気をゆがめるように波立ち、夫婦の頭部や体にぶつかり、
身体の内部から、分子の結合を解いていきました。

頭部が端から分解し、欠けるように消えていきます・・。
夫婦は崩れ落ちるように静かに倒れ、料理中の火が燃え移り、
調理場は火事になりました。

折り戸を閉じているので、中から外に出る時間もなく。
中の人々は、息子さんを含めて亡くなっていきました・・・。

その息子さんは、今世で知っている方かも・・という感じがしました。


夢のなかで気づくというか、感じていました。
わたしはスプーン曲げとかさっぱりできないのですけれど。
このような力を使えないのは、このとき、誤った形でエネルギーを
使ったため、それが封印されていた・・・・。(ホントに?まあ、夢の話ですから)

私は、奇妙な力があるがゆえに、差別されて人々との交わりを
断たれていた・・・・。という理解がやってきました。



そして、先に見た夢。
その光の軌跡は、その封印を解く形であるかもしれない・・・。
そう感じました。

夢のなかで、ね。
夢ですので。
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by lotus_ark | 2007-01-13 11:00 |

不思議な体験ってホントのところどうなの?





どんなにサボっていても、天の采配?は実に効果的な
方法で、すこしは考えてみなさい、と宿題を下さるのですね・・。

ぶびだゴローさんから、
「見える」「聴こえる」というような、不思議な体験って、ホントの
ところみんな体験する、あるいはしたほうがいいコトなの?

というご質問をいただきました。
大切な問いについて考える機会を与えていただき、ありがとう
ございます。


で、ホントのところどうなんでしょう?
とわたしも思わず後ろを振り返っちゃいましたが。
こういうことは、自分できちんと考えて、答えを出さなければなら
ないようです。

たぶん興味深い問いかけではないかと思われますので、現時点
でわたしが感じ、理解していること、書いてみますね。



結論からいうと、体験する可能性はすべての人にありますし、い
つか体験するでしょう。
体験しても、気づいていないだけの人もたぶん、たくさんいらっしゃ
るでしょう。


ただ、今世での目的を生きるために、「見える」「聴こえる」必要は、
必ずしもナイと感じます。

ご自身のミッションをしっかりと捉え、すぐれた人生を生きていらっ
しゃる方が、「見」たり、「聴いたり」していらっしゃるとは限りません
し、逆も然り、で。

慎重に扱わないと、「見る」「聴こえる」感覚に呑み込まれてしまう
のは、とても危険なことのようです。


・・

去年、ダスカロスのお弟子さんのハラランボスさんと数分お話する
機会を頂きました。
今年(去年のことね)になってから不思議現象を体感するようにな
ったとお伝えすると、どのように見えたか、声は何を語ったか、現象
が起きる以前に、精神的にショックを受ける状況があったか、につ
いて聞かれました。

・・・だんだんまじめなお顔になってきて、何度も質問されました。


後から知ったのですが、「見る」「聴こえる」が先天的にではなくて、
突然起きる場合、精神的にその人を揺るがすような強い負荷がか
かったのがきっかけになる場合があるようです。

なので、「見る」「聴こえる」ようになることは、個人の意思とは無関
係に起きることみたいですし。
結果的にそうなるに至るプロセスというのも、かなぁりしんどいみた
いデス。

わたしの場合も、最初に「聴こえ」たとき、ストレスかかりすぎて、
とうとう頭がおかしくなっちゃったかな・・。と思いました。


で。その後の不思議体験もさくっとお話しました。
ハラランボスさんの見立てでは、

「(体験の進行が)早すぎる」

「エゴ(イズム)をなくさないうちに、ヒーリングに進むのは危険。
しっかり浄化をしてから進めば、よいヒーラーになれます。
いまおきてることは忘れて、冬のサークルなどに参加して勉強して、
しっかりと浄化すること。」

ぽけーっとしていたら、
「ワカリマスカ?」と顔を覗き込み、2度も念押しされてしまいました・・・。

そのときは、別にヒーリングするとか、そういうことはこちらからはお話
していなかったのですが。
逆に、推察すると、こういう「見る」「聴く」というのは、ヒーリングには
役に立つことなのかな??と思ったことでした。

そして自己の内面の大掃除というプロセスが、強調してもしきれない
くらいに強調されたのでした。
ちょうど、ヒーリングクラスで自己の投影(影)について学び、自分
なりに解消しつつあったときでしたので、なるほどぉ、と思いました。


・・

「見る」のはともかく、「聴く」ことについては、自分自身の「声」か、
サポーターとなってくださっている存在の「声」か、あるいはほかの
「声」か、判別に困ることがあります。

そしてそれより何より、慎重に聞き分けなければならないのは、
自己のエゴイズムからくる「声」と、真の自己=魂からくる声の違い
ではないかと感じます。
「見る」「聴く」にあたって自己の浄化が強調されていたのは、エゴ
イスティックな願望から来る声に支配されないため、という面もある
のかな・・と思います。

エゴイズムからくる声と魂の声との区別ができないと。
自己の外からの声についても、ガイドからの声か、ジャンクな思念
(エレメンタル)からくる声かの区別がつきません・・。

インターネットと同じで、どんな情報も真にうけて「世の中こんなもの
さ」と思ってしまいかねなくて・・。
ジャンクな情報は面白かったりしますけれど。
鵜呑みにすると、ありもしない世界観ができてしまいマス。
・・なので、ホントに探求するなら、アメフットと同じで、時間と労力
がかかりマス(笑)


それはともかく。

つながるチャネルが多くなるほど、自分自身が魂とつながり、しっか
りとエゴイズムと一線を画していないと、管理者不在の放送局になっ
てしまうのです・・。

ですので、個人内での体験だけならともかく、対外的にその情報
をシェアしようとする場合には特に、ジャンクな情報を拾わない、
そのために出来る範囲で自分をクリアにする、という責任が生じる
とわたしは思います。

「見る」ことも同様で、「見ている」世界がすべてだと思わないこと。
こちらもエゴイズムからくる妄想と、「見えること」の判別をしておか
ないと、只トリップしてるのとまったくかわらないでしょう・・。

それを踏まえつつ探究していくのは、「自分って何?」ということ
を新しい視点で観察できて、新鮮な発見があります。
けれどそれは、「見る」「聴く」ことが必要条件ではけっしてなくて。

ひとりではないこと。心の殻を外して広い自分を感じること。
それを、五感を通じて感じていくことではないかと感じます。



「見る」「聴く」ことは必要ならばきっと訪れるでしょうし、
自分が必要とするならば、それを練習することもできるようです。

感覚的には、「引く」感じなので、追求しすぎるとうまくいかない感じ
デス。先生や仲間について、楽しみながら、ゆっくりやっていくのが
きっとよいかも・・と思います。


そして、五感外の感覚とどう関わるのかを明確に認識し、
強い興味と、逆に突き放すような平静さをともに持っていることが
大切なのかもしれません。。>自分へ


ああ、なんか真面目にかたっちゃった。
実際はまだおっかなびっくりこの世界に接してるだけなのに・・。

こなれてなくって、ごめんなさい。m(u_u)m
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by lotus_ark | 2007-01-11 11:19 | 日常