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五感の外のフィールドワーク
by lotus_ark
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<   2006年 11月 ( 19 )   > この月の画像一覧

「誰か」との対話




どこかなじみのある声?意識?との対話でした。
「声」なのかわたしの思考なのか・・・・・???


・・・




神様はねぇ、恋人ほしくないの?


絶対無限ってことは、ひとりきりってことでしょ?
さみしくないのかな。




「どうして?

恋人はひとり・・って思っているの?


すべてが恋人だから、ぜんぜんさみしくないよ?

きみの知っている光の感じ、あれのすべてのひとの分を感じているから。」


うわぁおぅ。(@_@)

すごいナ。くらくらする。




でもね、誰かと気持ちが通じないときってさみしいときあるょ。

川の向こうを眺めているときみたいに、向こう岸に行けないの。




「それはね、きみの意識がこちらの岸に留まっているからだょ。

岸辺を上流に辿って意識を動かしてごらんよ。きみたちを隔ててる

川を挟む、それぞれの尾根が出合って、やがて岸はなくなる。



はなれていた尾根も、ひとつの峰につながってることに気づくから。

きみの尾根が触れているすべてと、あちらの尾根が触れているすべてと、

きみはひとつなんだょ。


ちょうど、手の指が尾根になったみたいに。

指は甲のところでは一緒でしょう。

離れてはいないんだ。







そしてそれはわたしの手。

わたしにはすべてから愛する気持ちがつたわってくる。

だから、

わたしのすべてが、わたしの恋人なんだ。」
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by lotus_ark | 2006-11-30 08:42 | 日常

4ハンズボディワーク@プロデュースイベント



寒くなってくると楽しみなのが、Dean and Delucaのホット
アップルタイザー。
オプションでクリームをのっけてもらうと、ほっかほかの焼き
林檎の味。
ヒーリングクラスの帰り道はこれが楽しみだったりして。


・・・


プロデュースイベントに行ってきました。

リーディングで春にお世話になりました岩井さんに続き、2回目
の訪問です。
今回は、4ハンズボディワーク。クラニオセイクラルとポラリティー
セラピーという施術を4つの手で同時にしていただくものです。


  flow ~ココロとカラダに自然な「流れ」を~


さて、わたしの悩みは。

恥ずかしながら、時折、頭頂部の髪をくるくる指で巻いてつんつん
引っ張る癖があったんデス。

なんというか、ものすごく考えなきゃならないときとか、そういう
状況のとき、どうも頭のてっぺんが詰まったような感じがして、
腫れたみたいで、とても気持ち悪かったんですよね~。

いっそ穴でも開けられるといいのに・・・という感じで。



中学時代、教会学校でストレスてんこ盛りの生活してたとき。
大学で文系から理系にコンバートして初めて実験をしたとき。
つんつんしてました。

1ヶ月前に、それが本当に久々に顔を出して気になっていました。
もしハゲたら嫌ですしぃ~。なので真剣デスッ。


頭頂部が・・・と説明しはじめましたら、やおら唐沢さんがウフフと
神秘的に微笑まれました。

な、なんなんだろう・・・と思いつつ、まあまずは施術してみましょう、と。
ベッドに横になりました。


非常に軽いタッチで4つの手が置かれました。

それらの手はどんどん温かくなり、まるでカイロを当てているよう。
クラニオはだいたい左右対称な感じで。ポラリティはつま先と大
腿部など、身体をつなぐ2点に手が置かれているようです。

面白いのは、どちらもレイキのさらさらとしたエネルギーとは違う
感じで。
熱を帯びて浸透していく感じと、ポラリティの場合は手の左右で
熱さ-涼しさというか、押す-引くような対照的な感覚もあって。
それらのエネルギーが順次身体を巡っていきます。

半分くらいきたところで、全身ぽかぽかになりました。
手が外れても、温かさがそのまま残っています。

うとうとしていると、和田さん、唐沢さんそれぞれに背後にいらっ
しゃる方や重なっていらっしゃる方が「見え」ました。
何が見えたかは個人情報なのでナイショね。
それぞれプロフェッショナルな方がついていらしてるようでした。



施術後、アドヴァイスをいただきました。
これがもう、なるほどぉ~と唸るものだったのデス。


まず、和田さんによると私の場合、右脳・左脳を仕切っている
硬膜が、眉間から後頭部の首の付け根に至るまで硬くなって
いるとのこと。
右脳・左脳をアンバランスに使っていると、このような状況が
起きることがあるそうです。

頭頂つんつん病は、その違和感を無意識に感じて、自分なりに
なんとかしたくて起きていたのではないか・・とのことでした。
たしかに、頭の中心を縦に切ったように鈍く重く痛くなることが
よくありました。

鈍く痛むのは、頭ってそういうものだろう・・と思ってたのですが、
中学以来、頭の使い方がどうもうまくなかったみたいデス。

自覚する以上に、右脳がもっと使われたがっていたらしく。
そのアンバランスが、身体症状に出ていた・・ということのようです。

身体は頭の硬膜をはじめとして膜で全身包まれているので、足の
つま先を上下させてからだを包む膜のお腹側、背側が緩むイメージ
を持つと頭の硬膜にも働きかけることができる、とのことでした。
これならいつでもできますね~。


また唐沢さんによるとつんつんしていたその位置は第7チャクラ
の位置。
中学時代から、そこに上がってくるエネルギー的な違和感に身体が
反応していたのでしょう・・・とのこと。

気が上半身に上がっているので、グラウンディングをした方がよく、
スクワットの体勢で両耳を手で包む。
その状態で、様々な高さの声を出し、各チャクラとの共鳴状態をチェ
ックし、エネルギーの通りをよくする。

と具体的に対策を教えていただきました。


チャクラって音で働きかけができるものなのですね~。
もりもり心のメモ帳に書付けました。やってみようっと。

やってる姿見られるとちょっと怪しいですけどね(笑)>唐沢さん

・ただし、人前でやらないコト。(心のメモにかきかき)



頭だけでなく、身体の縦軸で身体を包む膜が硬くなっている
らしいデス。

ダンスを習ってみては?と唐沢さんにはアドヴァイスされました。
同じ運動でもフットボールは理詰めで身体を動かしますし、
頭を空っぽにするってことは思い返すとなかったですね~。


おそらく本来右脳優位なインスピレーション人間の癖に、慣れない
左脳に軸足を置いていたために、身体&無意識が叫んでいたの
かもしれません・・・。

怒りの感情が、身体からは感じられ、左右/上下で緊張度も違って
いたそうです。

そういえば身体の軸のねじれは以前から指摘されていましたし。
どこかからだのなかに摩擦を抱えてるような苛立ち感もありました。
最近は月夜の狼人間のように、妙に攻撃的になっていましたし。
前回のブログでは思いっきり落ち込んでました・・。


心身本来の性質にあった仕事&生活にシフトするように、久々の
つんつん病で身体が訴えていたのかもしれませんね。
困ったときにはプロにスキャンしていただくのがとっても有効だとい
うことを体験しました。

ということで、施術後の体感としては、落ち込んでいた気分まで上向
いてきました☆
そして身体のぽかぽか感は、翌々朝まで続いていました。

中学時代からの身体の違和感の原因を知り、それを解消していく
手立てを得た、貴重な体験でした。


静かな空間で、じっと誰かに触れていていただいていると、自然に
意識が身体に降りていくみたい。
そのプロセスそのものが、とても心地よく深く寛げました。

そしてお二人は、ほぼ初対面にもかかわらず、とても安心できる
エネルギーをたたえていらしたのが印象的でした。

和田さん、唐沢さん、贅沢なヒーリングをありがとうございました♪



PS1

唐沢さんのブログ記事で、今回の体験をより深く理解できました。

  「思い」がカラダになる

意識の使い方と体の癖はつながってるんですね。

どちらかを治すというより、両方のつながりを意識して手当てして
いくと、魂にとって居心地のよい心と身体になるのでしょうね~♪


PS2
久々の鵠沼海岸もたいへんようございました。
やっぱり海辺のこの穏やかな抜け感のある空気は最高ォ~。

名にしおう埜庵のいちごカキ氷、堪能しました。
私にとっての心のレスキューレメディは長らく31のメロンアイスでしたが。
あっさり埜庵のいちごカキ氷に変更。
これとヒーリングは最強の組み合わせかも。

またこようっと♪
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by lotus_ark | 2006-11-28 10:44 | エネルギー

人として



ヒーリングクラスで過去生をみました。


おそらくローマ軍の兵士。
筒状の兜、てっぺんに金色の房がついて、根元は赤い糸で括
られています。
身体に沿った甲冑に、白に金刺繍のマントを羽織っています。
金色の短髪、明るい青の目。白っぽい肌で細身、身長は高く、
ギリシア系の顔。
頭が切れて皮肉屋。でも興味の対象が偏ってて、どこか変質者
っぽいデス。
ハガレン#15でいうとキンブリーに近い性格のヤな奴。
それがわたしでした。

今の自分とかけ離れた姿や性格をしていても、自分だとわかる
ところが不思議ですが。

ともかく、今ここに居たらぜったい避けたいくらいキライなタイプ
でした。


彼は、栗毛のゆるい巻き毛の女の子にとても悪いことをしていま
した。
淡々と。自分の興味だけで。本当に性格悪いょ。
でも彼女も逃げるでもなく、わたしの興味を受け止めていました。
なんともいえない、虚ろな表情でした。



まったく同時刻、隣でクラスメイトが過去生を思い出していました。
娼婦さん。生活のために割り切ってやっていたとのこと。
そのお相手が甲冑を着た・・・・。

!!!
約2000年ぶりの邂逅・・・でしょうか・・・。
悪いことをしたあとの男性のなんともきまりのわるい気分・・を初めて
お腹の底から味わいました。
ごめんなさい・・・。


振り返るに、当時の自分は相手の立場に立ってものを考えるという
ことをまったくしていなかったようです。
軍人としては有能だったかもしれないけれど、
人としてはいかがなものか・・・。

そしてまた思いました。
今の自分とこれほどまでに(たぶんね)キャラクターの違う自分が
過去生に居たとするならば。

およそどのような姿かたち、性格も自分はとりうるし、とってきたの
ではないか。

つまりわたしは誰にでもなりうる。
目の前にいるその人にも。


クラスで相手の嫌なふるまいは過去生での自分がしたかもしれないこと・・・
という考え方を教えていただいたのですが。
そういう仕組みなのかなあ・・・と感じました。


いま、これこそが自分だと思っている姿や性格は、自己認識してる
魂サイドからみれば、天ぷらの衣。着ぐるみのようなもの・・・・
らしいのかなあ。


例えてみると、裏で走ってるプログラムのかなりな部分は共有され
ていて、自分はこのキャラクターと思ってるのは、シミュレーション
ゲームでの駒。エージェント。
それらが経験値として蓄積したデータはかなりの確率で、仲間内
(同じゲーム内)で共有されているのではないか。

そんな気すらしてきます。

関係ある人の過去生は見えやすいみたいですし。
同様にほかの人の過去生が見えるのも、自分が彼らとともに同じ
プログラムの中を走っているからかも・・・。

時折こうして過去生の体験が交錯するのを感じていると、本当は
他者との間に隠されたことなぞないのではないか。

2000年前にこっそりしてたワルイコトだってこうしてバレちゃうし・・・。
と思うのデシタ。

・・

数秘術というのも今回学びましたが、自分の性格と照らし合わせると
興味深いです。
ただ仮に、性格が今世の着ぐるみのようなものだとすると。
いま自分がまとっている性格・・たとえばわたしは

己の領域を守り孤立して生きたがる自分
=数秘術#4 (奇しくもフットボールの背番号!)

は真の自分(不変の核となる部分=魂)ではない、
ということにもなり。

着ぐるみを着てる魂がいかにこの扱いづらい性格をうまく扱って、
今世での課題を果たすか、というハンデ付きのゲームをしている
こともうかがわせるのデス・・・。

過去生を体験すると、時として過去体験したキャラがいまの自分に
干渉してくるのも感じたりすることがあって、なおややこしくなりマス。
魂の統率力が試されそう・・・。

ていうか自分がホントに嫌になるし、実際いますべての人間関係
を切り離して自分の履歴をまっしろに消したい衝動に駆られて
います・・・#4の思うツボかな。


ホントに、今世の課題と性格がまったく逆だょ。
課題が大切ならそっちに合せて性格選べばいいのにね。


人生って退屈できないように出来てるのかもね。
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by lotus_ark | 2006-11-26 09:55 | 見えること

夢の中でのすこしの移動



丸の内オアゾの丸善に行ってきました。
たしか3階?の精神世界の棚、すごいですぅ。
横一列ぜんぶなんだもの。
そして対面するのは哲学の棚。
カスタネダと西田幾多郎が向かい合ってならんでるってすごい
世界かも。まるで両界曼荼羅?

ハガレン15巻をお土産にしました。
今号、すごくディープ。戦争の前線体験者を取材して描いた姿勢に
リスペクト☆

ロイの台詞がカッコイイ。


・・・


先日の目覚め前に見た、ぬけるような空を見て退屈する夢。
今おもうと、あれもちょっぴりひっかかりを感じる夢でした。

空は、地上からではなくて、何か飛行機のようなものに乗って
眺めていました。でもその飛行機の壁は透明です。
左右1列ずつ座席があって、20人くらい乗ってたと思います。

そして、空のはざま。青空が切れるあたり(成層圏みたい??)
に、天井裏のように高さのない奇妙な空間があって、
普通の服を着た人たちが、たくさん、整列した状態で横たわって
いました。

空中に。
まるでお墓みたいだけれど、眠ってる???


そのあたり一帯、なにかつくりもの空間のようで。
この空の影にこういう空間があったのか・・・と驚いています。


そして、そこを過ぎて行った先の空間には、スティールグレーの
窓のない高層建築がありました。

なにか、そこに関わってたみたいだけれど、すごく面白みのない
嫌な場所という印象が残っています。

その建物を、「白銀」と呼んでいました。
シロガネーゼじゃないデスょ。


もう行きたくないです。


以前に見た夢では、高層建築のような日干し煉瓦?の建物が
崩れて下敷きになって死ぬ、というのがあったのですが、
本屋さんで高層ビルのようなデザインのオベリスクを見たとき、
これ、わたし知ってる。と感じました。

この灰色の「白銀」も、なにかオベリスク的で、それでいてやや
こしい機能を持った装置のように感じました。
そこでいっとき、働いていたようです。


夢で見る世界も、奇妙で不思議~。
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by lotus_ark | 2006-11-25 08:29 |

これってモノの「記憶」?




19世紀初頭イギリスの小さなペンダントヘッド。
それに合うチェーンをようやく先日見つけました。
骨董病ではないと思うのデスが、今年になってから、妙に
古めのモノにひきつけられるんです・・・。
でもこれくらいにしとこうっと。


さて、めでたくネックレスとなったペンダントヘッドを手に取り、
ふと、このコはどこから来たのかな~と思いました。

グラスでも「教会」が見えたので、もしかすると・・・と思い、ヘッド
を手に握って目を閉じてみました。


すると。

エニシダ?の豊かな茂み。自然っぽい草の茂るバックヤードの
ようなくつろいだ庭。
その左手には、太い木を重ねて間を漆喰で埋めたような黒っぽ
い木の倉庫みたいなものが付いている家の端が見えます。
灰色のくりくりした巻き毛のおばあさんの後姿が見えます。
このコの所有者?

そのあと、もう一度「見て」みると。

今度はエニシダの茂みがほとんど刈り取られた庭。その向こうに湖?
水面が光っているのが見えます。木と白漆喰の倉庫はそのまま。
おばあさんはいません。
土に埋まってるのかな・・・手を組んで横たわってる。でも普段の服。
うーん。あちらの世界?土のなか?どちらかわからないデス。

若い、細身の女性の気配を感じますが、・・・弱い。
このコの次の所有者?彼女がこれを手放したのかもしれない。

これは、何か見えてるのでしょうか。それとも只のイメージ???



今度は、新しく買ったチェーンの方を握ってみました。
これはユーズドではなくて、新品です。
・・・・曇っていて。何も見えません・・・。



それなら別の古いもので試してみよう、と思い。
以前このブログでもご紹介しました、喋るカップ、
ジョセフィンさん(そういう品名の カップです♪)を持ってきました。
いじるたびにひとことリアクションが返ってくるので、楽しいデス。


手をかざしてみます。喋らなくなりました。
最初、もやに霞んでいて、何も見えなかったのですが・・・・。


緩く小高く丘になった潅木と草地の混じる場所。その遠くに、
大きな湖か海が見えます。
丘の建物。そのテラス。そこにジョセフィンはよく居たみたい。
建物の中にはいります。

ここは・・カフェ?

金髪ストレートヘアの20~30代くらいの女性。細身で、主婦っ
ぽい雰囲気の人が、このコでお茶を飲んでいます。
隣の部屋・・?から、赤い光がちらつきはじめました。
何かが燃えてる・・・のかも。

2人の子供、小学生くらいの男の子と女の子がすごい勢いで
そこから走り去っていきました。
金髪の女の人は、火?に気づいてないみたい。
走る子供たちを眺めつつ・・・・そのまま突っ伏して倒れました。
そのカップをお腹に抱きながら。
さらりとした金髪が両肩に流れて、うなじが見えています。

一酸化炭素中毒とか・・・??


・・・ジョセフィンの意識になってるかもしれない彼女、死んだこと
に気づいていないのかな。


カップに。

あなたなぜここに居るの?
もしよかったら、ちゃんとあちらに逝くのお手伝いしましょうか?


「私はここでお喋りを楽しむのが好きなのょ。
ずぅっと喋っていたいの。それが私の楽しみだから・・・。」


うーん・・・・。このカップに霊のようのものは見えません・・・・。
なんなんでしょう。カップに染み込んだ感情・・・?
けれど自発的に喋るし。このカップは。
・・・これも、エレメンタルの一種なのかな???


なんだかホントによくわからないのですけれど・・・、
もしかするとモノにも記憶とか感情とかがまとわり付いてるのかな。



・・・居間をみまわしてみました。
テーブルを見ると、工房で30代くらいの頭にタオル巻いたお兄さん
がヤスリかけてるのがうっすら「見え」ました・・。

自分で焼いた素焼きのカップも見てみました。
ぼんやりと、過去の自分らしい気配の女性がそれを手にとっている
のが見えました。

工業製品だと感じにくいですが、よく使われて、手にとられたものだと
何か見えてくる感じ・・・かも。



心を鎮めて、そのモノに同調するような感じで眺めているか、
手にとって目を閉じてみるといいみたい。

お手近なもので、試してみると面白いかも。
もしかすると、お気に入りの小物が知られざる過去を語り始めるかも
しれませんょ。
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by lotus_ark | 2006-11-23 09:34 | 見えること

場所に宿るもの




建物の意匠も扱う仕事(ちょっぴりデスょ)なのに、今までどうもつ
くりたての建築やインテリアに味気なさを感じていました。
なんでなじめないんだろう・・・とずーっと感じていました。

最近、すこしわかってきました。
モノとのふれあいって、見えることだけじゃなくて。
何か、それに付着している意識の記憶=「気」?も含めて感じてる
かもしれないということに・・・。


建物や部屋などの空間にはその人たちの意識みたいなものが染み
込んでいて、それがどうも独特の風合いをつくりだしているように
感じます。


たとえば家って、昔は代々同じ家を使い続けてきたりする場合も
あったわけですけれど。
そういう建築物のなかには、なにか、その家の人たちの矜持というか、
空気感・・・みたいなものがあって、それが染み込んでいる感じがしま
す。

雰囲気のあるホテルとかも、そうかもしれませんね。
染み込んでいる「意識」と、そこでいま働いている方の矜持が共鳴して、
とてもいいかんじの「気」を放ったりしていますし。
いい会社というのも、よい「気」を場所に満たしているのかもしれない。


つくりたての場所にはまだ「意識」が帯びていなくって、それで何か物
足りなさを感じていたのかもしれません・・・。
建物も部屋も、オーナーが決まってから「気」のカスタマイズが始まる
のかも。

そう考えると、書斎とか仕事場って自分の「意識」とか「気」の鏡みたい
なものかもしれませんね~。うゎぁお。



建物などの空間はいろんな意識が刻み込まれていて、全体としての
その雰囲気しか感じられないのですけれど。

もしかするとちいさなモノって意外に。意識というよりさらに細かい、
何か記憶のようなものが刻み込まれているのかも・・
ということに昨日気づきました。

次回はそれについてお話しますね。

もしよろしかったら、その過去を知らないけれど古い小さなモノ、
もしあったらお手元に用意してみて下さいね。
なにか「見える」かもしれませんね♪
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by lotus_ark | 2006-11-21 11:15 | エネルギー

そして


コテンパンに負けちゃいましたぁ~(T▽T)

雨の中運営や審判して下さった方たちに感謝です。
グラウンド&グラウンドキーパーのみなさまにも。
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by lotus_ark | 2006-11-20 10:11 | 日常

年取った記憶がナイ




今日は一部昇格へ向けた最終戦。
今朝は、白い服を着て、抜けるような青空を眺めながら、ここも
もうわかった。退屈だなあと思っている夢を見ていました。



・・・


8月のこと。


仕事帰りの電車のなかでも、「先生」と何か対話をしていました。
内容は忘れてしまったのですけれど。

その日はとても先生、ご機嫌でした。

「私のことは好きか?」

え?・・・ハイ。好きですけれど?

「孫よ・・・」


激しく、ホントかなあ???と思いました。
つくってないかな、自分の頭で???とかな~~~り疑いました。
実感ナイですし。
そもそも、いつの時代の?

と思ったけれど、この「先生」は、周囲の人を年下の女性だったら
「娘」とか呼ぶ方だったと思いだしました。
まあ、そういうノリだったのでしょう。
ホントに孫じゃないですょ。たぶん・・・。


「声」を聞いたそのとき、横向きに横たわっている栗毛がかった金髪の
小さな男の子が「見え」ました。4~6歳くらいかな。
その子の雰囲気は、・・・何というか・・・・。
ふわっと花開くような軽快に立ち上る光を身体にまとっていましたが、
その時点で亡くなっていたようです。
過去生で私はこの少年だったのかな。

このコ、秋に体験した誘導瞑想のときにも「私」として出てきました。
自分のアイデンティティって、子供なのかしらん???


それに、どうもいままで「見た」過去生辿っても、年取って生きている
のを見たのは、嬉しそうに学校で好物のサンドイッチぱくついてる
ミルクティ好きの考古学系?の先生くらいで。

それに対してこどもの記憶でぷちっと切れてるのが3人。
というか、一人は死んでからしか見てないし。もう一人は眠ったまま・・・。

どこか大人気ない(自覚してマス)のは、もしかして大人の経験が少ない
・・・というコトなのかな???


ま、いっか。
今日は大人気なく、試合してこようっと。
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by lotus_ark | 2006-11-19 08:57 |

グラスの向こうに見えるもの



前回の記事で自分のなかで今の仕事辞める宣言をしてから。
翌日・・って昨日の朝ですが、いつもお日様を眺めるベランダに
出てみると、足元に羽根が落ちてました。

雉鳩のものっぽいので、遊びにきたコの落し物でしょうけれど、
絶妙のタイミングですこしびっくりしました。

こんなのデス。
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その日の夕方、和尚さんのタロットを引いてみたら、

ムードを習得する
再誕生
知識を落とす

と出ました。
思いっきり、絵のおぢさまは崖から本を落としていました。

うわぁお。また直球なメッセージです。


・・・


どうも身体のどこかに骨董好きが潜んでいるみたいで。

骨董の病ほど患うと際限のないものはないらしいので、重々、
身の程を知り自重してはいるのですケド・・・・・。


京都に好きなアンティークのお店があって。
18世紀初頭のドイツのグラスを入手してしまいました。


はちみつ酒をとろりと入れて、すこし飲んでみました。
手吹きのガラスを指で弾くと、鈴のような素敵な音色。
リィン・・・・・と余韻が長く続きます。

グラスをじいっと眺めてみました。
すると、グラスの向こうに、ブルーグレーの岩を白漆喰で固めて
積んだ壁が「見」えました。手前には大きな縦長の分厚い木の
テーブル。
何も置かれていません。

広くて重厚だけど、飾り気のない薄暗い部屋。
どこだろう・・・・と思っていると。

オラトリオが聴こえてきました。
ドイツの教会か修道院から来たものなのかな。

特定の所有者はいないのだけれど、何か小さな稲妻のような
感情の線がグラスの向こうに走っているのが「見え」ました。
複数の人の、わりとネガティブな感情にさらされていたみたいデス。


縁あって日本まで来たのだから、今度は幸せになろうね~。
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by lotus_ark | 2006-11-17 11:08 | 見えること

刃の上に立つ




おととい、久々に居間限定1本締め地震が来ました。
どんっ、と1回揺れておしまいなのデス・・・。
なんなんでしょうう~~。


・・・

ちょっと個人的なお話。っていつもですかぁ。



五感の外と内、その両極の間にある刃ようなバランスの上に立つこと
が、わたしが心の中で求めているスタンスのようです。

いましてる仕事は工学に関わるもので。不可知な感覚はイレギュラー
なノイズとみなされ、それを扱うのはまったく無意味なことと考えられ
ています。

汎用性のある「世界のルール」を見つけるのが、科学が最も尊ぶ
エレガントな仕事であり。

工学は科学が見出したルールを駆使してできるだけ広く使われる道具
を生み出すことをエレガントな仕事とみています。



科学は豊かなのだけれど。
限りなく現象を微分していく行為なので検証されてない世界が常に
膨大にあって。

限られた実りを利用して生きていることを意識していないと、
限られた実りだけが世界のすべてだと思ってしまうのですよね。


それって貧しい。



仮に五感の外の世界があるという前提・・・これはプリミティブな暮らしを
してきた人々にとってはあたりまえのものなのだけれども。

それが実在するという仮定に立って生きても、ホントはまったく問題なく
生きられます・・・。


科学主義的な生き方、プリミティブな生き方。

どちらの視点をも葉の表と裏、木の根と枝としてともに見て生きるありかた
をつくるのが、わたしたちの過去・現在の経験をともに尊重した生き方なの
ではないかと最近感じるのです。



・・・などと夕べいろいろと考えてました。
で。

いま居る場所もなんだかんだでもう12年~!
もう卒業してもいいかなあ・・と思えるようになってきました。

年度末まで4ヵ月半。
新年度の居場所はまだ決めてないけれど、
とりあえず残務処理始めようっと。

いろいろスタンスの変わりつつあるみなさま、いらっしゃると思いマス。
わたしも、ことしこういう展開になるとは思っていませんでしたぁ~~。



でも意外性も人生に贈られた楽しみのひとつかも♪

岐路に立つみんな、がんばろうね☆
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by lotus_ark | 2006-11-15 11:02 | 日常