excitemusic
五感の外のフィールドワーク
by lotus_ark
ICELANDia
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
以前の記事
カテゴリ
フォロー中のブログ
リンク
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


カテゴリ:日常( 153 )

タッチダウンプロバックナンバーありマス



おはようございます。もう11月ですね~。

仕事の合間に、いま本の整理をしていマス。不要な書類を含めると
40箱くらい。(T▽T)


ということで。

タッチダウンプロ&タッチダウンのバックナンバー
30~40冊くらいありマス。

あと、未開封のアメリカ版アメフットゲーム(プレステ2)ありマス。
ストリートアメフットとか、かなりマッドなのも。
オフェンスの戦術テキストもありますよん♪

無料&送料こちら負担でお送りいたしますので、もしご希望の方
がいらしたら、furt705@▽@luck.ocn.ne.jpまで(▽@を取っ
て下さいね)までご一報下さいませ。m(_ _)m



さて、次回(今日かな)からは、7期生さん交換遠隔ヒーリングの
ご報告です。
遠隔ヒーリングってどんなコトが起きるのかしら?
を、「やすらぎの部屋」ヒーリングクラスの7期生さんたちとご一緒
に探究させて頂きました。

お楽しみに。
[PR]
by lotus_ark | 2007-11-05 09:11 | 日常




武道の合宿では、初日は身体を動かすことを楽しませていただき、
2日目は、自分のなかでは、ひたすら「見る」練習をしていました。


組手をすると、攻撃と受け手のオーラが、ぴったりと合わさってひとつの
流れを生みます。
金と紺のフィールドが湧き起こり、時として、陰陽が絡み合う図形のように、
まるで球を巡る龍のように、エネルギーの旋回が起きます。(@@)

どうやら、この合わさり具合が、組手のよしあしに対応しているようにも
見えました。

これも深く興味深い体験だったのですが、すこしおいといて。



組手がそんなふうに「見え」たりした。普段は時々「見る」ことを仕事にも
させて頂いている・・

・・・というお話を、夜のお喋りタイムに、ルームメイトさんたちとお話していた
ときのことです。


思いつめたような表情で、ひとりのルームメイトさんが問いかけました。

「あなたは見え始めて2年もしていないという。
わたしはヒーラーというのは、幼い頃からそのような能力を持っている
人がするものだと思っていたの。だからそんなにすぐにヒーリング
を仕事にするなんて、信じられない。」

「私には、天使が見えます。
人には、ヒーラーになることを勧められたりもするけれど、私は浅い経験
で、人の天使を見たり伝えたりすることは出来ないわ。」

「どうしたらいいのかまだわからないけれど、私は、書くのが好き。だから、
私は、ヒーラーではなくて、書く人になろうと思っています。」

そう語る彼女を見ながら、私は、驚いて、言葉を失っていました・・・・。

かろうじて、

「貴女に天使が見えるなら、なぜヒーラーになるかどうか、ガイドさん(天使)
と相談しないのかな・・・天使は、無意味に現れたりしないですよ・・・・。」

と、お声をかけることができただけでした。


書くことも、すばらしいこと。想う事をどんどん表現していければいい。

と同時に、天使との触れあいのなかにあって、なぜヒーリングを避けなければ
ならないのだろう・・・・・。
そこにある深みにこそ、自分のなかの小さな体験を越えて、人とシェアさせて
頂くに足る智慧に触れることができるかもしれないのに・・・・。

という想いも、喉に詰まっていました。


そして、彼女の疑問と、言葉とは、そのまま、今までのわたしの中にあった
ものでした。


こんな場所で「自分」に出会うなんて。

「自分」に想いを語られると、逆に、その想いの先で、ひとつの選択を既に
していたことにも、気づきました。


短時間に見え始めたからこそ、
わたしは、それが特別な事ではないことを知っている、ということ。

誰にでも起きうること。
誰でも、天使とコミュニケートしうること。

それを知ったときに、心の深い部分に湧いてくる何か。
それを、汲み出して、好きな形で流していければいい。
ヒーラーであっても、なくても、どうでもいい。

それよりも、底の方から湧いてきた感覚を、誤魔化さないことのほうが、
自分を大切にすることかもしれない・・・と。


問われなかったら、考えなかったかもしれない。
『躊躇の膜』を被った自分を、見ようとしなかったかもしれない。


だから、出会って下さって、ありがとう。


私のなかの貴女。貴女のなかのわたし。
あのとき言えなかったけれど、

貴女が想うように、生きてみて下さい。

貴女の選択を、わたしは信頼しています。
貴女が体験なさることは、わたしの体験することだから。


天使とともに、貴女の選んだ道は、あるのだから。





・・・鏡から、貴女へ。もうひとことだけ。


ヒーラーになってみたって、いいんだょ。
[PR]
by lotus_ark | 2007-10-10 22:24 | 日常

9月最後の日曜日に



偶然、昨夜入手した本、を今日読んでました。

鈴木志保著 「船を建てる」 秋田書店。

そのなかに、9月最後の日曜日に読むべき本を探しているくだりがあって、
そういう話を、9月最後の日曜日に読んでいるのも面白く。

漫画で、パックされていて、中身もわからずにふらっと買ってしまったの
ですけれど、これがなかなか・・・。この著者の人、ナニモノ!?


秋の夜長に。


・・・

ここから先は、整理されてナくて、自分へのメモみたいなもので、ゴメンナサイ・・。
お好みで、お付き合い下さいませ。



もひとつ読んでいるのは、ゲイリー・R・レナード著 「神の使者」 河出書房新社

奇跡のコースについて語られている本。

まだ途中なのですけれど、これも濃くて。


世界観について興味深いのが、絶対無限の存在についての位置づけです。

五感の内(物質的な認識世界)・五感の外(より繊細な認識世界)からさらに、
五感の外の外!がある、という考え方に、唸りました。

リサ・ランドールの宇宙論に似てるかも。


絶対無限の存在およびその愛はそこに属するもので、コレは、不変、不滅。

五感の外(一部か全部かはわからないけれど)を含めて、人が認知しうる世界は、
その内部での認識活動により生み出されていて、絶対無限の存在の創造による
ものではない。

内部の存在たちによる意識が創造した映像のようなものであると。

内部の存在たちとしての魂は、ゆえに映像のなかには実在していなくて、
本当は、映像の外に居る。

だから、映像は、それを創造し維持している意思を変えれば、変化させられる。



→この考え方だと、透視とか、物理的なルールを無視するような体験も成り立ち
得る・・のかな。そう考えると、体験的にチョットわかる気も。

と同時に、
「見る」ことに捕らわれることが、またオタク的な迷宮への門口になっていたり、って
こともありえて。

五感の外の現象も、映像内部に限定された永続的でない現象なのか、
五感の外の外に連なる現象なのかを峻別する必要があって。
・・イエ、分けなくたって、映像の中だけが全てでも十分楽しめるのですけれども。
五感の外を知ったからって、映像の外に出たわけではない。


それを悟った人は、たぶん映像の外に居る存在=観客(不変の場所=愛)に
意識の軸をジャンプさせて、映像内部での制約と感じられるものから自由な立場で、
しかし映像の世界にやさしく寄り添いながら、生きているのかもしれない・・・。


ちょうど、映画館の隠喩も「船を建てる」に出てくるの。
いやいやぁ~、おぢさん、びっくりしちゃったよう。>って誰。



と同時に、五感の外で感知されることどもや、

その断絶された世界の内側から、本来は不可知である絶対の世界と一体化
するための道筋そのものとして示されたのが、五感の外の外の世界と一体化
している=そのものである、ジョシュアである、と述べられていて。

なんていうか・・、個人の意思で開くことができるワームホール(次元を超える通路)
みたいなものなのかしら。

その開き方にはいろいろなアプローチがあるけれども、この本が主張しているのは、
ジョシュアにガイドしてもらうのが一番近道、ってコトのよう。


ケド読んでてまだ謎なのは、愛について。

人の認識する愛と、五感の外の外に存在する愛とは、どうも質的異なるような
コトが書いてアル・・・。うーん。人の愛だって、無制限の愛はあると思うけれど、
それと違うのかな???


・・・秋の夜長の虫の音が鳴り止む頃までに、読みきれるかしら。
[PR]
by lotus_ark | 2007-09-30 21:07 | 日常

業務連絡



ことしもグリーンベイのファーヴ、いい感じですね~。

ってさっき初めて今シーズンの試合の一部を垣間見ました。
ドロップバックしたとろでRBにトス。ディフェンスに見事に穴があき、
中央突破。わぁおぅ。(@@)

・・・最近は、勝敗よりも、プレイのひらめきに驚くのが好き
になってるみたい。

さて、御託並べてすみません。

複数の仕事の流れが一時的に集中しておりまして、
メールのお返事が遅れておりマス。お待ち頂いている方、ごめんなさい。

お返事がその方にとってよいタイミングで届きますように。
[PR]
by lotus_ark | 2007-09-28 13:37 | 日常

肩の力をぬいて、目をさましていられるといいナ



ようやく涼しくなりましたね~。

今日は、廊下で一瞬、細面の女性の横顔がすっと通り過ぎました。
いつもは見えても白くてふわっとしてやさしそうな存在だったりするので、
久々に、チョットコワカッタデス・・(T▽T)

お肉、頂きすぎたかナ・・・。




最近読んだ本からデス。



「必要なのは、起こっている出来事や状況に対して、自分がどういう
反応をしているのか、その点に責任を持つということです。」

p324 「ミッチェル メイ モデル」 VOICE社



たぶん、出来事と自分との関わりから学ぶときに、そこでも過去の自分
を見るのではなくて、「今」がだいじで。



起きていることに対する自分の反応を、自分は選択することができる。
そして、選択することで、創造的に関わっていける。

そこにこそ、自由と創造性と、創造した結果に対する責任がある


・・・てことなのかしら。
[PR]
by lotus_ark | 2007-09-24 14:47 | 日常

秋ですね




和菓子の世界は、もうすっかり秋ですね~。

お茶淹れる時間は、静かにしていよう。

b0087816_8392720.jpg
[PR]
by lotus_ark | 2007-09-16 08:38 | 日常

よいカルマもある




その後、ハリーさんにお伺いしてみました。



去年、初めてお伺いした者ですが。


「覚えているよ。」

おおー、記憶に残るプレイヤーになってる・・・。(新庄かい)



カルマって、エレメンタルではないのでしょうか?



「カルマとは、鞭。
エレメンタルではありません。

そのシステムは、人が創造したものではありません。

波のようなもの・・・・。
わるい方に振れた波を、元の静かな状態に戻していくのです。」



波ならば、何もしなくてもやがては元に戻っていくのですか?


「それにはとても時間がかかります・・・・。

それよりも、自らの意思でカルマに働きかけることによって、
ずっと早く解消できるのです。」

「それに、よいカルマもあるのですょ。」


ハリーさん、ちょっとにっこり。



鞭、は、鞭打つ方の鞭。

最初、無知のことかと思って聞きなおしたのですが、鞭だそうです。
短いことばのやりとりのなかでしたが、
学習を促す力・・・・という意味合いに感じられました。


うーん。波だとすると、わるいカルマの波を意識して、内省によって
その力を鎮めることで、荒れた海面も湖面のように静まっていく・・のかな。

それに、よいカルマもある。
こちらは湖面を揺らす繊細なさざなみ、という感じなのでしょうか。
心地よさそう。


音にも置き換えられそうですね。
体がヴァイオリンみたいな楽器だとして。

よい音を奏でましょう・・ってコトかしら。

それまで響いていた調和のない音を鎮めて、弦を張って、意識して、
自分の出す音の響きを感じよう。
ボディに余計なモノ(エゴイズム)がくっついていたら音が濁るから、
素のままで居て、本来の音色を楽しもう・・・って。

よいカルマっていうのが、人が本来、奏でたがっている音楽なの
かもしれませんね。



ダスカロスさんの探究は、人が絶対無限の存在を思い出すその道程
をともに歩くためにあって。

そこで語られることは、だから探究者にとって意味を持つ視点・・・が
貫かれているのだなあと感じました。




さて、カルマってあるんでしょうか。ないんでしょうか・・・・・。


さくっと結論づけてしまうよりも、探究の種として持っておくことで、
繊細な感覚を意識のなかに張っておけそうな感じがしマシタ。


だから、答えは、お預け。





---


・・にしても、年1回、3分間だけの問答は緊張感ありますね~。
引く感じ、添う感じなんて、自分に言い聞かせても、つい気持ちが
前に出てしまい、ナサケナイぞ自分!

一言で静かに質問の意図・背景まで受け止めて頂き、
まるで、ことばで組み手をさせて頂いてるようでした。

深く感謝します。
[PR]
by lotus_ark | 2007-09-14 10:49 | 日常

ACIMとダスカロスの世界



昨日は電車のなかでぱったりと羽根さんに遭遇♪
朝からラッキー&楽しい1日となりました。



今日はマニアックなお話でごめんなさい。
心のメモです。


いま、ダスカロスさんのサークルでお勉強中なのデス。
その夜、botanical-healingさんと、カルマってホントにあるのかな?

というお話になりました。
幻影じゃないのかなーと、botanical-healingさん。


わたしもカルマって考え方は、どうもしっくりきていなかったんデス・・。


絶対無限の存在のなかに、キリスト意識=愛という本質があるということ
を考えると、すべては愛に裏打ちされた出来事で。
ここのところは、五感の外での体験からしても、否定のしようがナイくらい
リアルなのです。


そして、ダスカロスの世界観からみると、絶対無限の存在が自己認識を
望んだ・・・その意思のもとに二元性の世界があるとしたら、すべてはその
意思のために必要だから生まれた、ということ。

だから、そこにも、あるのは必要性だけで。
根源的な悪はナイのではないかしら。


一元性が本来の姿なのに、二元性が創造された。
それは、絶対無限そのものの性質ではなくて、その創造したひとつの
世界の性質で。

本来の一元性を離れた二元性ゆえに生まれるバランスの悪さ・・・・
というのがあって、それがもしかすると、カルマ?

二元性を海と空に例えると、海と空の間にある波立ちをカルマと呼んでいる
のではないかしら・・・と。


波立ちのなかの一滴の雫、人としての自己意識という視点に立ったときに、
その本質である神性からみれば、その波立ちは、とてもバランスがわるくて、
肉体を越えた澄み切った視界を得られない。

その自己認識のしにくさが、人からみたカルマという現象で。


人という視界を越えたらどうだろう・・・。

波ではなく海が人の本質であるなら、どんな波が立ったって、それは現象
でしかない。海そのものは、深く静かだ・・・・。


と考えていて、頭のなかで何か、カチリと音がするように、
「声」が聴こえました。


「カルマは実在しない。」


おお、ここで、ACIMとぴったり一致するじゃない!(@_@)


ACIMも自分のなかでは皮膚感覚として、つかみにくい感じがしていた
のですが、

初めて、しっくりきました。




ACIMもダスカロスも、素敵なところは、オープンなところで。


それ以外の考え方に対して開かれていること。


ひとりひとりが自分のなかの真実として探究していけるところだと想い
マス。
そして、わたしにとっては、その双方が、五感の外の世界の理解を
深めていってくれる。

突きあわせてみると、矛盾なくつながりあう感覚が生まれてくることに、
すこし、驚きと楽しみを感じはじめています。
[PR]
by lotus_ark | 2007-09-13 08:10 | 日常

添う感じ





動いているときに、思考だけで進むと難しいんデス。


フットボール時代の癖で、駅を歩くときに、どう歩こうか、ふと構えを
試してみることがあるのです。

よく見ると、周囲はわき目も振らずご自身の頭の中のコースどりを歩い
ている方たちがほとんどで。
周囲が視界に入っていないから、コースにも柔軟性がなくて、よくぶつ
かっているみたい・・。携帯読んでるせい?
以前はあえてそういう人の脇をいちばんぎりぎりの線ですり抜ける、なんて
RB風にやってみたりしたのですけれども。

そこのところを、相手に気を添わせてつながるようにして歩いてみると・・・・・、
実は柳のようによけられマス。
アイシールドでいう、デビルバットハリケーンね。
いえ、もう運動不足で身体は硬いのですケド。

さらにスピードを緩めて、自分の前に気のクッションを置くようにしておくと、
相手も気づいてくれたりしますし、お互いに譲り合ったりして。
ちょっといい笑顔を頂くこともあったりして。

昔の武士の人みたいに、すすっと歩けるように気をつけてみるのが、
最近の駅でのマイブームです。



この、添う感じ・・・っていうのが、最近とっても大事な気がして。
この夏に集中してやらせて頂きました、ヒーリングとも、とても
近い体感なんです。

そしてヒーリングでは、ことばを身体と添わす。
・・・身体の感じとして味わう・・っていうコトが、どうも大事みたい。


・・

肉体と感情の体、思考の体が重なっているというヒーリングの視点から
みれば、からだとことばも重なっていて。
そしてそれは感情としても何かが起きています。

身体の痛みは、ことばの痛みかもしれないし、ことばを発する元となった
感情の痛みかもしれない。
そして、からだ、感情、ことば、どこから触れていっても、他の2つにつな
がっていて。

どれかから入っていって、添っていきます。自分のなかのからだの感じ
かもしれないし、ことばかもしれない。
クライアントさんも、なんだかだんだん、ご自身のなかで、
からだ、きもち、ことばを添わせていきます・・・・。



そして、時に、ご一緒に本当に添えたときに、添う・・・という足し算では起き
なかった・・・何か新しいコトが、ポン!と湧き出ます。

この瞬間が、とても美しくって。
そしたらもう何も力はいらなくて。


クライアントさんは、サーフボードにしっかりと軸足を乗せて、足の裏で
波をしっかりつかまえて、その大きなうねりをご自身の一部として、
颯爽とお部屋から滑り出します。


わたしは呆然として、波に乗って行っちゃった
後姿をお見送りするのです・・・。



----------------------

ミニワークショップはご予約満了となりました。ありがとうございました。
[PR]
by lotus_ark | 2007-09-08 22:33 | 日常

違いを見るか、共通点を見るか




ふと、人類学を勉強していたときのことを思い出しました。

何を理解することが、文化を理解することになるのか、という
議論を、当時医療人類学の先生としていて。

わたしは、多様に見える文化のなかの、共通点を明らかに
していくことだ、と主張していたのですが、

先生は、文化はその多様性を明らかにしていくことで理解できる!
と主張されていました。

どっちも一歩も譲らず、わたしの成績はさんざんだったのデスけれど。


いま、想うと、ずっと、人のなかにある共通した何か、を探していたの
かもしれないなあ・・・と、今朝ふと思いました。


それに光を照らせば、すべての人が理解できるような、何か。




方法は違っているけれど。

探してるコトは、今も同じだったのかも。
[PR]
by lotus_ark | 2007-08-24 08:02 | 日常