excitemusic
五感の外のフィールドワーク
by lotus_ark
ICELANDia
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
以前の記事
カテゴリ
フォロー中のブログ
リンク
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


内的世界を語ること




「みつけの庭」に記事をアップしました。
無事是貴人

非実在を丁寧に生きる、そのためにできるコツなど、五感の外から
すこしずつ引っ張っていけるといいナと思っています。

五感の内のコトバでできるだけ書こうとしているので、
ちょっと物足りなかったらごめんなさいね。


・・・

ところで、余談になってしまいますが。


五感の外も、実は非実在である部分がとても多いのではないかと
感じています。


既にお気づきの方も多いことかとは思うのデスが、
老婆心ながら。


感覚の拡張が起きているときこそ、蛹から出たばかりの蝶のように
脆いものです。

その状態のとき、五感の外は、容易に実在と勘違いされることがあるかも
しれません。

けれど、少なくとも肉体を持った状態で認識される範囲は、五感の内と同様に、
非実在です。

これもまた、愛という実相を受け止める器としてのみ価値を持っていて。

受け止めたものを実在と認識するには、それが愛から出たものであるかを、
さらに内観してみるプロセスが大切になってきます。。



その内観のプロセスが、エゴイズムと真我のことばを聞分けるためには
とっても重要で。

ダスカロスも説いていたことですけれど、常に今後の理解によって、いま
認識している世界観は描き変えられる可能性がある・・・のデス。

今のわたしの理解では・・・という心のクッションを置いておくことが、
とっても大切なのデス。



もしも、非実在を認識したことによって、人を変えたい意識に駆られたときは、
それもまた、トラップかもしれません・・・。

外側に世界があるのではなくて、自己のなかに世界はある。


そのときにできることは、他者を説得することではなくて、自己のなかで
その他者を感じて理解すること。

ACIMの実践とは、常に自分に向けて、内観を通して行われているように
感じています。


だからこそ、ACIMを語るのには、微妙な葛藤があって。
知らないものは、語る。本当に知るものは、語らない・・・って禅問答みたいな
心境にもなってきマス。


ともあれ。

世界観が拡張したときこそ、それが差し出すディテールに幻惑されない
平静さが必要になってくるように感じられるのです。



・・・・

4月4日(金)の「やすらぎの部屋」プロデュースイベント
セッションは満席となりました。ありがとうございました。

「みつけの庭」の個人セッション、受付中デス(^-^)
[PR]
by lotus_ark | 2008-03-18 16:22 | プロデュース イベント
<< おかっぱの女の子&集合無意識について プロガイドさんたちありがとう >>