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五感の外のフィールドワーク
by lotus_ark
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ACIMとダスカロスの世界



昨日は電車のなかでぱったりと羽根さんに遭遇♪
朝からラッキー&楽しい1日となりました。



今日はマニアックなお話でごめんなさい。
心のメモです。


いま、ダスカロスさんのサークルでお勉強中なのデス。
その夜、botanical-healingさんと、カルマってホントにあるのかな?

というお話になりました。
幻影じゃないのかなーと、botanical-healingさん。


わたしもカルマって考え方は、どうもしっくりきていなかったんデス・・。


絶対無限の存在のなかに、キリスト意識=愛という本質があるということ
を考えると、すべては愛に裏打ちされた出来事で。
ここのところは、五感の外での体験からしても、否定のしようがナイくらい
リアルなのです。


そして、ダスカロスの世界観からみると、絶対無限の存在が自己認識を
望んだ・・・その意思のもとに二元性の世界があるとしたら、すべてはその
意思のために必要だから生まれた、ということ。

だから、そこにも、あるのは必要性だけで。
根源的な悪はナイのではないかしら。


一元性が本来の姿なのに、二元性が創造された。
それは、絶対無限そのものの性質ではなくて、その創造したひとつの
世界の性質で。

本来の一元性を離れた二元性ゆえに生まれるバランスの悪さ・・・・
というのがあって、それがもしかすると、カルマ?

二元性を海と空に例えると、海と空の間にある波立ちをカルマと呼んでいる
のではないかしら・・・と。


波立ちのなかの一滴の雫、人としての自己意識という視点に立ったときに、
その本質である神性からみれば、その波立ちは、とてもバランスがわるくて、
肉体を越えた澄み切った視界を得られない。

その自己認識のしにくさが、人からみたカルマという現象で。


人という視界を越えたらどうだろう・・・。

波ではなく海が人の本質であるなら、どんな波が立ったって、それは現象
でしかない。海そのものは、深く静かだ・・・・。


と考えていて、頭のなかで何か、カチリと音がするように、
「声」が聴こえました。


「カルマは実在しない。」


おお、ここで、ACIMとぴったり一致するじゃない!(@_@)


ACIMも自分のなかでは皮膚感覚として、つかみにくい感じがしていた
のですが、

初めて、しっくりきました。




ACIMもダスカロスも、素敵なところは、オープンなところで。


それ以外の考え方に対して開かれていること。


ひとりひとりが自分のなかの真実として探究していけるところだと想い
マス。
そして、わたしにとっては、その双方が、五感の外の世界の理解を
深めていってくれる。

突きあわせてみると、矛盾なくつながりあう感覚が生まれてくることに、
すこし、驚きと楽しみを感じはじめています。
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by lotus_ark | 2007-09-13 08:10 | 日常
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