excitemusic
五感の外のフィールドワーク
by lotus_ark
ICELANDia
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
以前の記事
カテゴリ
フォロー中のブログ
リンク
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


不思議な体験ってホントのところどうなの?





どんなにサボっていても、天の采配?は実に効果的な
方法で、すこしは考えてみなさい、と宿題を下さるのですね・・。

ぶびだゴローさんから、
「見える」「聴こえる」というような、不思議な体験って、ホントの
ところみんな体験する、あるいはしたほうがいいコトなの?

というご質問をいただきました。
大切な問いについて考える機会を与えていただき、ありがとう
ございます。


で、ホントのところどうなんでしょう?
とわたしも思わず後ろを振り返っちゃいましたが。
こういうことは、自分できちんと考えて、答えを出さなければなら
ないようです。

たぶん興味深い問いかけではないかと思われますので、現時点
でわたしが感じ、理解していること、書いてみますね。



結論からいうと、体験する可能性はすべての人にありますし、い
つか体験するでしょう。
体験しても、気づいていないだけの人もたぶん、たくさんいらっしゃ
るでしょう。


ただ、今世での目的を生きるために、「見える」「聴こえる」必要は、
必ずしもナイと感じます。

ご自身のミッションをしっかりと捉え、すぐれた人生を生きていらっ
しゃる方が、「見」たり、「聴いたり」していらっしゃるとは限りません
し、逆も然り、で。

慎重に扱わないと、「見る」「聴こえる」感覚に呑み込まれてしまう
のは、とても危険なことのようです。


・・

去年、ダスカロスのお弟子さんのハラランボスさんと数分お話する
機会を頂きました。
今年(去年のことね)になってから不思議現象を体感するようにな
ったとお伝えすると、どのように見えたか、声は何を語ったか、現象
が起きる以前に、精神的にショックを受ける状況があったか、につ
いて聞かれました。

・・・だんだんまじめなお顔になってきて、何度も質問されました。


後から知ったのですが、「見る」「聴こえる」が先天的にではなくて、
突然起きる場合、精神的にその人を揺るがすような強い負荷がか
かったのがきっかけになる場合があるようです。

なので、「見る」「聴こえる」ようになることは、個人の意思とは無関
係に起きることみたいですし。
結果的にそうなるに至るプロセスというのも、かなぁりしんどいみた
いデス。

わたしの場合も、最初に「聴こえ」たとき、ストレスかかりすぎて、
とうとう頭がおかしくなっちゃったかな・・。と思いました。


で。その後の不思議体験もさくっとお話しました。
ハラランボスさんの見立てでは、

「(体験の進行が)早すぎる」

「エゴ(イズム)をなくさないうちに、ヒーリングに進むのは危険。
しっかり浄化をしてから進めば、よいヒーラーになれます。
いまおきてることは忘れて、冬のサークルなどに参加して勉強して、
しっかりと浄化すること。」

ぽけーっとしていたら、
「ワカリマスカ?」と顔を覗き込み、2度も念押しされてしまいました・・・。

そのときは、別にヒーリングするとか、そういうことはこちらからはお話
していなかったのですが。
逆に、推察すると、こういう「見る」「聴く」というのは、ヒーリングには
役に立つことなのかな??と思ったことでした。

そして自己の内面の大掃除というプロセスが、強調してもしきれない
くらいに強調されたのでした。
ちょうど、ヒーリングクラスで自己の投影(影)について学び、自分
なりに解消しつつあったときでしたので、なるほどぉ、と思いました。


・・

「見る」のはともかく、「聴く」ことについては、自分自身の「声」か、
サポーターとなってくださっている存在の「声」か、あるいはほかの
「声」か、判別に困ることがあります。

そしてそれより何より、慎重に聞き分けなければならないのは、
自己のエゴイズムからくる「声」と、真の自己=魂からくる声の違い
ではないかと感じます。
「見る」「聴く」にあたって自己の浄化が強調されていたのは、エゴ
イスティックな願望から来る声に支配されないため、という面もある
のかな・・と思います。

エゴイズムからくる声と魂の声との区別ができないと。
自己の外からの声についても、ガイドからの声か、ジャンクな思念
(エレメンタル)からくる声かの区別がつきません・・。

インターネットと同じで、どんな情報も真にうけて「世の中こんなもの
さ」と思ってしまいかねなくて・・。
ジャンクな情報は面白かったりしますけれど。
鵜呑みにすると、ありもしない世界観ができてしまいマス。
・・なので、ホントに探求するなら、アメフットと同じで、時間と労力
がかかりマス(笑)


それはともかく。

つながるチャネルが多くなるほど、自分自身が魂とつながり、しっか
りとエゴイズムと一線を画していないと、管理者不在の放送局になっ
てしまうのです・・。

ですので、個人内での体験だけならともかく、対外的にその情報
をシェアしようとする場合には特に、ジャンクな情報を拾わない、
そのために出来る範囲で自分をクリアにする、という責任が生じる
とわたしは思います。

「見る」ことも同様で、「見ている」世界がすべてだと思わないこと。
こちらもエゴイズムからくる妄想と、「見えること」の判別をしておか
ないと、只トリップしてるのとまったくかわらないでしょう・・。

それを踏まえつつ探究していくのは、「自分って何?」ということ
を新しい視点で観察できて、新鮮な発見があります。
けれどそれは、「見る」「聴く」ことが必要条件ではけっしてなくて。

ひとりではないこと。心の殻を外して広い自分を感じること。
それを、五感を通じて感じていくことではないかと感じます。



「見る」「聴く」ことは必要ならばきっと訪れるでしょうし、
自分が必要とするならば、それを練習することもできるようです。

感覚的には、「引く」感じなので、追求しすぎるとうまくいかない感じ
デス。先生や仲間について、楽しみながら、ゆっくりやっていくのが
きっとよいかも・・と思います。


そして、五感外の感覚とどう関わるのかを明確に認識し、
強い興味と、逆に突き放すような平静さをともに持っていることが
大切なのかもしれません。。>自分へ


ああ、なんか真面目にかたっちゃった。
実際はまだおっかなびっくりこの世界に接してるだけなのに・・。

こなれてなくって、ごめんなさい。m(u_u)m
[PR]
by lotus_ark | 2007-01-11 11:19 | 日常
<< 封印を解く 金色の翼の天使 >>