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五感の外のフィールドワーク
by lotus_ark
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宗教と子供




幾何系はちょっとお休みして。

・・・

この時期になると、小さかった頃のクリスマスの楽しみなど思い
出します。
当時父は外資系に勤めていて、会社主催の子供向けパーティー
があり。
そこに、青い目のサンタさんが来ていました。
プレゼントもらって楽しかった♪

ということで、だいぶ大きくなるまで大人になったら誰でも知ってい
るサンタさんの秘密を知らず。
たしか4年生のときにわかってショックでしたぁ~。


それはともかく。

いろいろな家庭で子供というのは育つわけですけれど。
わりとキリスト教色の濃い家庭に育って、宗教的な神の存在は、
身近であるとともに。正直、ちょっと不自由な気分も子供心に感じ
ていました。


父親と喧嘩すると。
「お前は、祈りのもとにうまれてきたんだぞ!」

この台詞がいちばん身にこたえるとともに、反感を感じていたデス。

大人になってからは、自分だったらなかなか言えない言葉で、
もしかして、自分の信じるところに従って、結構勇気をもって語って
いたのではないか父は・・。と感じるようになったのですが。

当時は、「わたしがそんなコト選んだんじゃナイやい!」
と思ってました。


それと、家族でドライブするとき。
BGMが、「マタイ受難曲」なのぉ~。(ToT)
父の趣味で・・。

これ、やめましょう。楽しくないもん。小学生は車酔いしちゃうょ。


一般のクリスチャン・ホームでこうなんだから、
もし聖職者の子供だったりしたら、いろいろタイヘンなのだろうなあ・・・
と今も思います。


何か家庭に信じるものが柱としてあるのは、家族が共有する世界
観のもとに生活できて、安定してるし素敵なものですが。

子供って、親元から一歩離れたところで冒険したがってる
気持ちがあったりして。・・・でも親からは離れたくなくて。
自我らしきものを意識するにつれて、
家のなかでの立ち位置に悩んだりするのかもしれません。

家族で唯一の唯物論者、宗教懐疑派のコドモであった私は、
他の子供たちとわが子のように接し楽しんでいる教会学校教師の
父を横目に、結構葛藤のある気分をクリスマスやイースターのとき
には味わったものです。


といいつつ、自分もクリスマスには教会に行って楽しかったですケド。
やっぱり、素敵なエネルギーに満ちてますょ。クリスマスの教会は。


只、中には親とか友達と仲良くなりたくて、無意識に相手の
世界観に添い、自分のなかの好奇心を抑圧してる子供も、
居たのかもしれないナ・・・そんな気がして。

もっとも、これも自分の意識の投影かもしれませんが。

ねえ、もっと自由にやろうよ、兄弟。
とコドモを見ると今でも思わず思ってしまうのデス。
いやその考え方も縛っていないかな、子供を。

うーん・・・。


大人になった今、当時ペンディングにしていた五感外の世界と
向き合っているわけですが。

甥姪と接するときには、アヤシイけれど風通しのいい大人として
付かず離れずに居るのが、彼らの世界に触れるときの、立ち位置
なのかなあ。。
などと、お年玉袋を買いながら、ふと思ってみたりするのデス。
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by lotus_ark | 2006-12-23 00:11 | 日常
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